長いあいだ「リスク回避」の意識が強く、金融資産の多くを預金に置いてきた日本。そのあいだ、米国は株式投資で著しく豊かになったと、株式会社武者リサーチ代表の武者陵司氏はいいます。国外の投資家や企業から日本株に注目が集まるいま、日本が「米国流の好循環」を起こすにはなにが必要なのか、詳しくみていきましょう。

驚くほど割安の日本株…“持たざるリスク”におののく投資家

ウォール街に「FOMO」と言う言い回しがある。Fear of Missing outの略で、「取り残されることに対する不安」を意味する。

いまの日本株式市場は、まさにそのような状態に入りつつある。日本株の“ばかげているほどの割安さ”にようやく人々は気づき、日本株を持たざるリスクを真剣に考えるようになった。

1.外国人投資家⇒昨年世界主要市場で最も値上がりした日本株(図表1参照)の比率を高めようと焦っている

2.個人投資家⇒NISA改革が始まり投資ブームが起きている

3.企業⇒PBR1倍以下の是正を求める金融庁、東証に押されて自社株買いに走っている

4.年金など機関投資家⇒インフレ定着、金利上昇の下で日本国債投資比率の引き下げと株式シフトを余儀なくされている

など、すべての投資主体が日本株に向かってラッシュし始めている。年明け以降の株価急騰は、日本でも株式主体の資金運用体制が始まったことの現れと考えられる。

結果が示す「株式投資」の圧倒的優位性

日経平均株価アベノミクス以降10年で「4倍」に

アベノミクスが始まった2013年以降日経平均株価は9,000円から36,000円へと4倍になった。

加えてインカムフロー面でも、預金の利率ほぼゼロであるのに対して、株式は配当利回り2%、益回り(利益/株価)は6%と圧倒的に有利である。財産を株式投資に回すか、預金においたままにしておくかにより、大きな格差がついている。

財産形成に大きく後れを取っていることに焦りを感じ始めている人々が行動を起こし始めたようである。

株式投資しなかった日本、株式投資で著しく豊かになった米国

日本ではバブル崩壊以降30年以上にわたって、元本を維持できさえすれば、リターンはゼロでもいいという極端なリスク回避心理が金融市場を覆ってきた。これはリスクをとって株式に投資し、財産を大幅に増やしてきた米国とは好対照である。

日本の家計は運用可能金融資産1,508兆円のうち73%の1,107兆円を銀行預金・現金に滞留させ、株式、投信には21%しか振り向けていない。

これに対して米国の家計は運用可能金融資産82兆ドルの内72%を株式・投信に振り向け、現預金の比率は18%にとどまっている(図表2)。

この株式主体の米国の資産運用は、リーマンショック以降、米国株式が7倍という大幅な上昇を遂げたことで大きな資産形成をもたらした。米国家計が保有する純財産額はリーマンショック直後の59兆ドルから2023年には154兆ドルへと2.6倍になった。

過去13年間に家計の純財産額は約100兆ドルと、GDPの4倍も増加したのである。この株価上昇による資産形成が米国消費を喚起し経済の牽引車となっている(図表3)。

日本が“米国流の好循環”を阻んでいる「2つ」の原因

1.企業による利益退蔵

米国流の、株価上昇による資産の増加⇒消費増加⇒経済成長⇒株価上昇、という好循環が日本でも定着できるだろうか。そうなれば、日本経済と人々の生活水準を大きく引き上げていくことができる。いまの日本株ブームはその可能性を垣間見せていると考えられる。

これまで日本では企業は十分に利益を出しているのに株価が安いことによって家計の財産はあまり増えず、企業のもうけが経済の好循環に十分に結びついてこなかった。

その第1の理由は日本企業の儲けの過半が企業内に退蔵され、需要拡大と成長に繋がってこなかったことにある。米国の場合企業利益のほぼ8割が配当と自社株買いで株主に還元され(図表4)、それが家計の資産所得と株価値上がり益となって消費を支えている。

ちなみに米国では家計がSNSなどを通して株式投資に参入した2020年までの10年間、唯一最大の株式投資主体は企業による自社株買いであった。リーマンショック後の株高はもっぱら自社株買いによって実現したのである。(図表5)。

それに対して日本企業は配当と自社株買いによる株主還元率は4割と米国の半分に過ぎず、企業は利益の多くを金融資産として運用し、遊ばせている。その一部は戦略的海外投資であるが、自己資本比率は異常に高くなっている(図表6)。

金融庁・東証によるPBR1倍以下の企業に対する是正措置の要求は、企業の内部留保の有効活用を求めるものである。企業の自社株買いが増加し、ROE等資本効率が劇的に改善し、PBRが上昇すると期待される。

2.極端なリスク回避姿勢

第2に日本の家計がリターンの高い株式投資を敬遠してきたため、株価が上昇してもその恩恵が行き渡らず、家計の資産形成は米国に大きく後れを取ってきた。

しかしNISA改革などにより家計のリスクテイク姿勢が高まろうとしている。株式投資により家計の金融資産からの所得が大きく増加していくだろう。

“取り残される不安”が日本好循環の契機となるか

このようにして日本においても米国のように、企業の儲けが社会還元され需要創造に結びつくという動きが、株高を契機にして起こり始めている。

[図表7、8]に見るように、日本企業は過剰の資本保有により、ROE(自己資本利益率=自己資本成長率)が著しく低くなり、主要国中最低のPBRを余儀なくされてきた。これは家計と同様企業も「Cash is King」メンタリティーに毒されていたためといえる。

岸田政権の新しい資本主義政策は、ここに照準が定められている。米国流の、株価上昇による資産の増加⇒消費増加⇒経済成長⇒株価上昇、という好循環が日本でも定着する可能性は大きい。

武者 陵司

株式会社武者リサーチ

代表  

(※写真はイメージです/PIXTA)