近年話題となっている老後資金の問題。実際のところ、夫婦2人ならどうにかなるケースは多いのですが、配偶者が先立つと状況は一変します。とりわけ注意すべきは、会社員と比較して公的年金の受給額が少ない、個人事業主やフリーランスの夫婦です。本記事では、中村さん(仮名/73歳)の事例とともに、個人事業主、フリーランスの夫婦に内在するリスクについてFPの小川洋平氏が解説します。

自営業の夫とゆとりの老後を送っていたが…

中村夏子さん(仮名/73歳)は同期入社した夫の隆さんと20代で職場結婚。寿退社し、若いころは専業主婦、パートをしてきました。結婚後まもなく、夫とのあいだにできた2人の子ども達は、すでにそれぞれ家庭を持ち、夫と2人きりで老後の生活を送っていました。

隆さんは20代で独立、建築板金の仕事の経験を活かし、地元の建築会社の下請けとして仕事をしていました。仕事を生き甲斐にしていた隆さんは、周囲の友人が定年退職をする年齢になっても仕事を続けました。

また、生命保険を見直す際、FP資格を持つ担当の保険外交員から「個人事業主の中村さんは、会社員と比べて年金額が少ないので、公的年金は65歳からではなく70歳まで繰下げすると、年金額が増額しますよ」とアドバイスを受けます。夫の隆さんはこれに従い、年金を繰下げて、70歳から月額12万円の年金を受け取り、妻の夏子さんは65歳から受け取ることにしました。

2人は現役のころから積み立てしていた資産が2,000万円程度あり、年金も夫婦で月18万円程度受け取ることができ、夫の隆さんも多くはありませんが、収入を得ることができていたため、比較的ゆとりのある生活を送ることができていたのでした。

夫の死で生活が一変

しかし、そんな夫婦の生活を一変させたのが夫、隆さんの死でした。隆さんは73歳で心筋梗塞により、この世を去ることになったのです。そして隆さんの葬儀を終えて間もなく、彼女はお金の問題と向き合わなければならなくなりました。

隆さんの死後、隆さんの働いて得ていた収入だけでなく、公的年金の給付が停止されたのです。そして自身の毎月約6万円の年金と、2,000万円の資産を取り崩しながら、その後の人生を生きていくことになったのでした。

倹約して生活しても公的年金からの収入だけでは年間で約120万円程度のマイナスが想定されます。

独立した子どもたちは離れた場所に住み、2人ともマンションを買って家庭を持っているため同居も難しい状況です。

夏子さんは「一人で介護が必要になったとき、これから病気になったときのことを考えるとお金が不安で不安で……夜も眠れません」と絶望します。これまで持病もなく、長生きの家系である夏子さんは、あと20年~30年程度あるかもしれない人生を、大きな不安を抱えたまま送らざるを得なくなってしまったのでした。

中村夫婦の問題点

隆さんは個人事業主として、国民年金の第一号被保険者として保険料を納め、65歳から受取れる基礎年金を70歳に繰下げして受け取っていました。

厚生年金に加入していた場合、今回のように高齢夫婦の夫が先に亡くなった場合には遺された妻に対し遺族厚生年金が支払われることもありますが、遺族基礎年金は子のない妻に対しては給付はありません。中村さん夫婦の子どもたちは成長して年齢要件を満たさないため(18歳到達年度の末日を超えている)、夏子さんは給付されません。

そうなると、遺された妻は自分の公的年金で生活していくことになり、こういったリスクが内在していましたが、それに気が付いていなかったことが問題といえます。

一般的に、子どもが独立すると死亡保障は不要という考えもありますが、今回のように隆さんの死後に収入が途絶えてしまう場合、十分な資産がなければ死亡保障は不要ともいいきれません。

しかし、隆さんは先述の生命保険会社の保険外交員より、「老後は病気と介護の保障が大事」と提案を受け、終身の200万円の保障と、医療、介護の保険に切り替えてしまい、死亡保障がほとんど残っていなかったのです。

確かに年を重ねれば病気に罹患する可能性は高くなりますが、高額療養費制度で自己負担の上限額も決まっているため、優先順位をつけるならば隆さんの死亡時の収入遺失のリスクのほうが優先的に対策すべき問題だったといえるでしょう。

個人事業主の夫婦が配偶者亡きあと、老後破産しないために

中村夫婦に必要だったこと

まず、隆さんが死亡した場合のリスクをしっかり把握することが必要でした。今回のような場合、掛け捨ての死亡保障や、短期払いの終身保険などを利用することで死亡時や介護が必要になった場合に対策しながら、長生きリスクに活用できる資産として保有しておくことも可能でした。

また、保障ではなく、資産が2,000万円あれば年利3%程度で運用しながら取り崩すことで、毎月10万円を取り崩すことができます。夫の死後にまだ2,000万円が手元にありますので、資産寿命を延ばすための運用の知識を学び運用し、年利4%で運用しながら年間120万円ずつ取り崩しても97歳ごろまで2,000万円が残る計算になり、不安を解消するために有効です。

夫が元気なうちにリスクを正しく把握し対策を考えること、また、夫の死後であってもある程度の資産がありますから、いまなにができるか情報を得て対策していけば不安を解消していくことは可能です。

「法人設立」という選択肢

今回の中村さんのようなリスクは多くの個人事業主、フリーランスのご夫婦に内在しています。

内閣府が2019年に行った調査の結果、個人事業主、もしくはフリーランスとして働いている人の割合は約341万人といわれています。こういった働き方を選んでいる方は、どちらかが早くに亡くなったときへの備え、つまり配偶者の収入の減少リスクを理解しておく必要があります。

現代では資本金1円、登録免許税6万円からでも法人設立が可能で、フリーランスでも法人を設立することで厚生年金に加入し、将来の公的年金の拡充や遺族年金を増やすこともできます。

ほかにも個人事業主、フリーランスではできない税制がお得な仕組みを利用することもできるため、フリーランスとしてすでに事業を始められている方も法人設立を検討されてみてもいいでしょう。

早い段階で現状を正しく把握し、ご自身のライフプランに合わせ、NISAなどの制度や生命保険なども検討し、人生を豊かに過ごせるマネープランを検討していきましょう。早く考えればその分多くの選択肢があります。  

小川 洋平 FP相談ねっと

(※写真はイメージです/PIXTA)