クジラ類(クジラ目)に属する海洋生物の体の大きさはバラエティに富んでいる。世界最大のクジラが体長体長30mにもなる一方で、ハンドウイルカはせいぜい3.5mくらいだ。
新たな遺伝子研究で、クジラたちの体の大きさがこれほどまでに異なる理由が解明されつつある。「プロモーター領域」という遺伝子のスイッチが関係しているのだという。
『BMC Ecology and Evolution』(2023年10月24日付)に掲載された研究は、クジラ目のサイズが違う理由を解明しただけではなく、人間のがん治療にも役立つ可能性があるという。
イルカとクジラはどちらも「クジラ目」に属する生き物だ。一般的に体長4m以上がクジラ、4m以下がイルカとされている。
また、体長10m以上は大型クジラで、10m未満のは小型クジラとなる。
進化の視点から見ると、クジラ目は大きく2グループに分けることができる。歯を持つ「ハクジラ類」と歯の代わりに鯨鬚と呼ばれるヒゲを持つ「ヒゲクジラ類」だ。
世界最大のクジラはヒゲクジラ類のシロナガスクジラで体長30mもある。世界最小のクジラは、諸説あるが、ハクジラ類のセッパリイルカ (Hectors Dolphin)で体長1.4mほど、同類コガシラネズミイルカ(Phocoena sinus)が体長1.2~1.5mほどだ。
セッパリイルカ / photo by iStock
体の大きさの違いは遺伝子スイッチにあり
同じクジラ目でもこれほどまでに体の大きさが違うのはなぜなのか?
その理由を探るため、今回の研究では、「プロモーター領域」というタンパク質を作る遺伝子の前にあるDNA配列が調べられている。
プロモーター領域は遺伝子のスイッチのようなもので、タンパク質を作る遺伝子がどのくらい発現するのか調節する役割がある。
そして明らかになったのは、「NCAPG遺伝子」のプロモーター領域が、クジラ目が巨大化するうえでとても重要な役割を果たしているだろうことだ。
体が大きなクジラ目では、このプロモーター領域からの指示でNCAPG遺伝子が活性化し、体を大きくするタンパク質がたくさん作られる。
ところが小さなクジラ目では、同じ遺伝子がブレーキのような役割を果たし、タンパク質の生産を抑えるように働くという。
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クジラ目は独自に体を大きくした
念のために言っておくと、今回の発見は、現在のクジラ目の分類に修正を迫るようなものではない。
ブラジル、カンピーナス州立大学の遺伝学者マリアナ・ネリー氏は、「今回の発見で、クジラ目の進化系統が変わるわけではありません。ただその巨大さにはゲノム的根拠があるということです」と、プレスリリースで説明する。
たとえば、サイズ調節タンパク質は、歯があるのに巨大なマッコウクジラと、歯がなく巨大なヒゲクジラ類との遺伝的な関連性を伝えている。
また、このタンパク質を作る遺伝子はブレーキとしても働く。そのため、ヒゲクジラ類でありながら比較的小さなミンククジラと、同じく小型のハクジラ類との遺伝的な関連性についても伝えている。
ミンククジラとマッコウクジラの特徴は、おそらく収斂進化、つまり同じ特徴が、異なるルートでそれぞれのグループで独立して進化したものなのです(ネリー氏)
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人間のがん治療のヒントにつながる可能性
もう1つ面白い発見は、この遺伝子が人間のがん治療のヒントになるかもしれないことだ。
一般に、細胞が多い動物ほどがんが発生しやすいと考えられるが、巨大なクジラ目はなぜだかがんが少ない。
そこで研究チームは、以前調べたことがある4つの遺伝子のプロモーター領域を分析してみた。
すると、それらのプロモーター領域が、クジラ目の体の大きさだけでなく、がんの抑制にも効いているらしいことが明らかになったのだ。
体の大きな動物は、細胞がたくさん増殖するよう進化している。だがプロモーター領域をはじめとする制御領域は、遺伝子のスイッチのオン・オフを上手に調節することで、そうした細胞が暴走しないよう食い止めているのかもしれない。
ネリー氏によると、このような遺伝子は私たち人間にもあるのだという。だからクジラ目のがんがどのように抑制されているのか解明することは、新しい人間のがん治療につながると期待できるそうだ。
References:Study of gigantism in whales provides clues to genomic mechanism involved in tumor suppression / The Genetic Secret of Giant Ocean Creatures Is Finally Revealed / written by hiroching / edited by / parumo
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