中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。

 4月1日JALの新社長として鳥取三津子氏が就任します。客室乗務員の出身で、初の女性社長ということもあり、大々的に報じられました。マネックスグループやポーラなど、大企業のトップを女性が務めるのは珍しくなくなりつつあります。しかし、JALのような歴史の長い超巨大企業では非常に珍しい事例です。

 JALはコロナ禍からの業績回復が鮮明ですが、ANAにはない最大の弱点を抱えています。それを克服できるのかが注目のポイントとなるでしょう。

LCCと貨物を強化したJAL

 JALは2023年4-12月の売上高が、前年同期間比24.2%増の1兆2493億円となりました。コロナ禍を迎える前の2019年同期間の売上高は1兆1308億円。2023年はコロナ前と比較して1割増加しています。コロナ禍からの回復が鮮明になりました。

 そして、2024年3月期通期の売上高を1兆6840億円と予想しています。これは2020年3月期の売上高1兆3859億円を2割上回ります。一方、ANAは今期に2兆300億円の売上高を見込んでおり、2020年3月期と比較すると2.8%の増加に留まります。

 2021年6月に中国系のLCCである春秋航空日本を連結子会社化し、貨物専用機を導入するなど、主力の旅客収入以外の領域を強化。

 ちなみに2020年度から羽田空港からの国際線ネットワークを大幅に拡大しています。JALは2010年に経営破綻して3500億円もの公的資金が注入されました。そのため、2012年から2016年までの再建期間中は、国が競争環境維持のために管理・監督をするという方針がとられます。いわゆる「8.10ペーパー」です。法的拘束力はないものの、JALは新規路線開設を抑制されていたのです。

 国土交通省は2013年、羽田空港国際線発着枠の配分について、ANAは11枠、JALは5枠をそれぞれ割り当てています。このころ、破綻したJALは不利な条件での競争を余儀なくされていました。

 しかし、2017年からはその効力がなくなります。JALは2020年にアメリカやフィンランドオーストラリアインド、中国の各都市への路線を新規開設・増便しました。1日22便から34便に増えています。

◆「国際線の旅客数」は回復していないものの…

 2023年4-12月のJAL国際線旅客収入は4717億円でした。2019年同期間と比較すると20.3%増加しています。ANAの同期間の国際線旅客収入は5515億円。2019年比で8.6%の増加に留まりました。

 実はコロナ禍が収束を迎えた後も、国際線の旅客数は回復していません。2023年4-12月の国際線旅客数はJALが495万人、ANAが531万人でした。2社ともに2019年の7割程度に留まっています。

 上がっているのは単価です。2023年の国際線旅客平均単価を割り出すと、JALは9万5000円、ANAが10万3000円でした。2019年と比較をするとJALが64.4%、ANAは58.1%増加しています。

国際線にはまだまだ伸びしろがある

 なお、国内線の旅客者数は両社ともに2019年の水準を回復しています。単価もほとんど変わっていません。すなわち、伸びしろがあるのは国際線なのです。

 円安が進行して消費者が海外旅行を控えようとする動きはありますが、今後海外の渡航者数が2023年の水準よりも落ちるということは考えにくいでしょう。国際線の需要が高まると顧客の取り合いで値下げをする可能性はありますが、価格はかつての1.6倍に跳ね上がっています。

 国際線の利用が、海外旅行ではなくビジネスであれば苛烈な価格競争に陥るとは考えづらく、航空会社の収益力は高まるものと予想できます。特にJALは発着枠に制限が設けられていました。それがなくなったため、経営破綻後の業績を大きく上回るポテンシャルを持っているのです。

JALにあってANAにない存在とは…

 ただし、JALとANAでは稼ぐ力に差が生じています。JALの2023年4-12月の営業利益率が10.1%、ANAは13.6%です。利益率に差が生じている大きな要因の一つが人件費です。

 JALの売上高に占める人件費の比率は19.5%ですが、ANAは9.7%です。同じ航空会社にも関わらず、10%もの違いが生まれているのです。JALの人件費の高さは経営破綻する前から有名でした。破綻した後もそれが残っています。

 人件費の高さの背景には、複雑で力の強い労働組合の存在があります。現在、パイロットや客室乗務員、整備士などの労使協調系組合が1つ、地上社員や客室乗務員などの職種別に分かれた、非会社系の組合が3つあります。

 経営破綻した後、JALの経営陣は大幅なコストカットを断行しようとしました。しかし、伊丹空港福岡空港に置かれていた客室乗務員の拠点閉鎖に労働組合が反対しました。人員削減計画を退職強要だとして東京地方裁判所に提訴もしています。結果、現役で5割、OBで3割という史上空前とも言える年金の減額を行いました。裏を返せば、会社が傾いてしまうほどの手厚い年金制度を継続していたということです。ANAにも労働組合はありますが、JALほど複雑なものではありません。

 JALの好待遇体質を改め、人件費の比率をANAと同水準に押さえ込むのは難しいでしょう。JALはデジタル化によって生産性を上げ、利益を押し上げる計画を立てています。しかし、航空機業界は安全第一。製造業のように、ファクトリーオートメーションで省人化を図れるようなものではありません。JALが利益率を引き上げるのは、最難関の一つだと言えます。

<TEXT/不破聡>

【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界

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