高い技術力と世界に誇る文化を持つ一方、GDP成長率の低迷や財政の悪化、そして2022年から続く円安傾向によって日本の力は弱くなっている──。そう語るのはマネックスグループ代表執行役会長の松本大氏だ。2023年10月に『松本大の資本市場立国論 日本を復活させる2000兆円の使い方』(東洋経済新報社)を上梓した同氏に、日本と日本企業が生き残るために進むべき道を聞いた。

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日本経済の追い風が吹く今こそ、改革を進めるチャンス

――著書『松本大の資本市場立国論 日本を復活させる2000兆円の使い方』では、日経平均株価の上昇など日本経済にとって追い風が吹く中で、日本企業が世界経済の中でプレゼンスを高めることの必要性を挙げられています。今、日本の上場企業にどのような取り組みを期待されていますか。

松本大氏(以下敬称略) 上場企業の経営者に世代交代が起きていて、外国のお金もたくさん入ってきている今こそ変革のチャンスです。この流れに乗ることができれば、日本の上場企業が一気に改革を進められると期待しています。

 一昔前は、企業の改革をしようとしても「昭和の成功体験」を引きずっていたので、企業のOBや市場からも「なぜ変える必要があるのか」という声があがっていました。しかし、今は昭和の成功体験を持っていない経営者が増えていますし、社会的にも「もっと変えて欲しい」と追い風が来ている状態です。

 特に、世代交代はこれまでにない大きなチャンスです。私が社会に出た1987年は、先輩世代が戦後のボロボロな状態から一気に日本を成長させたことで、世界の時価総額上位50社のうち三十数社を日本企業が占めるという、社会や経済のピークでした。

 しかし、この「成功体験」は厄介なものです。世界の枠組みが変わり、需要が多様化する中でも、日本は自らのあり方を変えようとしませんでした。成功体験があったがために、世界が日本に向けて「変わったほうが良い」と言っても、「他国が日本の脚を引っ張ろうとしている」「日本はこんなに成功しているのに、何を言っているんだ」と取り合わなかったのです。

 徐々に弱っていく日本を見て、若い世代が「早く変わるべき」「世界のやり方を取り入れれば、もっと良くなるのに」と思っていても、先輩世代が変わろうとしなければどうしようもありません。

 しかし、最近になって世代交代が起き、私の世代やもっと若い世代が上場企業や行政のトップに立つようになりました。その結果として「昭和の成功体験に基づく、古いやり方を続けなくてはならない」というプレッシャーが減り、改革のチャンスが増えています。 このチャンスを逃さず、新しい世代の経営者は今の時代に合った形に組織を変えていくべきだと考えています。

東証の不可逆な改革を進めた「戻ることのない大きな力」

――東京証券取引所(以下、東証)は2022年4月の市場区分見直し後、一層の市場改革を進めています。具体的には、どのような動きがあったのでしょうか。

松本 私は5年間の東証の社外取締役を含め、25年ほど前から東証で委員や役員を務めてきました。実は以前から改革の声が挙がっていたものの、東証側は話を聞くだけで意見を取り入れていない、という実情がありました。

 しかし、2022年4月の市場区分見直し後、東証が立ち上げた「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」が機能したことで、東証側は改革の意見を取り入れるようになりました。そのきっかけは、やはり運営事務局である東証メンバーの世代交代にあります。おそらく「昭和の成功体験」を引きずったメンバーであればうまくいかなかったでしょう。

 当初、フォローアップ会議は非公開で行われる予定であったため、私は議事録の公開を強く求めました。議事録を公開することで、より良い議論が活発に行われると考えたからです。その点を東証に伝えたところ、東証は1週間以内に議事録を出すことになりました。今では、会議の結果を受けて若い世代の経営者が議論したり意見を出したりするなど、非常に良い流れが生まれています。

 今回の東証の改革で注目すべきは、誰か一人のスーパーマンが旗を振って起きたものではない、ということです。全体的な世代交代という「目立たないけど戻ることのない強い力」が働いて起きた改革といえます。今後、日本企業でも同じことが起きるのではないでしょうか。

――世代交代という「戻ることのない大きな力」が働いていることを踏まえて、上場企業も変わっていくためのアクションを取る必要があるということでしょうか。

松本 そうですね。皆が変わらないときには、自分が変わらなくても目立つことはないでしょう。しかし、皆が変わり始める中で自分だけが変わらないと悪目立ちしてしまい、自らの競争力も低下します。だからこそ、今が変わるときだと思います。

「PBR1倍割れ」が持つ意味とリスク

――本書『松本大の資本市場立国論』では「PBR1倍割れ」について言及されています。プライム市場・スタンダード市場に上場している企業のうち、PBRが1倍を割り込んでいる企業は約1800社とされていますが、そもそも「PBR1倍割れ」にはどのような意味があるのでしょうか。

松本 「PBR」とは株価を1株あたりの純資産で割ったものです。「PBR1倍割れ」とは、純資産以上の価値を生み出せていない企業を指します。つまり人材や資本、生産設備を抱えているにもかかわらず、十分な付加価値を生み出せていない企業のことです。

PBR1倍割れ」企業の全て悪いというわけではありません。しかし、そういった企業が多いということは、全体的に見て経営リソースの使い方に問題があるのではないでしょうか。

 経営リソースをすべてきちんと活用することで「PBR1倍」を超える企業は増やせます。東証のフォローアップ会議を通じて、改めてその課題に気づいた企業も少なくありません。そういった視点から見ても、フォローアップ会議は意味のあることだったと思います。

――海外資本による日本企業の買収リスクも考えられますが、「PBR1倍割れ」によるリスクは今後どのように変わっていくのでしょうか。

松本 円安が進む中で上場企業のPBRが低いままだと、海外から見て日本企業が安く見えるので、買収の標的にされやすくなります。気づいたときには日本中の会社や土地が米国・中国に買われていた、ということが実際に起き得ると思います。

 たとえば、日本には食べ物の多様性がありますよね。個性的でおいしいものをつくるメーカーや飲食店はたくさんありますが、安さを理由にアメリカ資本にどんどん買収されるとどうなるでしょうか。全てチェーン店になって、どこに行っても同じ味になってしまう可能性もあるわけです。果たしてそれで良いのでしょうか。

 そうならないためには、日本企業の時価総額を上げる必要があります。時価総額、即ち株価が上がるようになれば、海外から日本企業の株式に投資しようとする動きが出ますし、ドルを売って円を買うので円安も止まります。そういった動きが出てくることが望ましいと考えています。

労働生産性を高めないと、地政学的なリスクも増える

――本書では、海外からの買収リスクがある中で、労働生産性向上の足を引っ張る企業が存在している、と指摘されています。具体的にはどのような企業を指すのでしょうか。

松本 生産性が大きく落ち込んで、マイナスの生産性を引きずったまま残っている企業のことです。このような企業が日本全体の生産性を下げています。こうした状況を変えるために鍵となるのが、「退出」というキーワードです。

 日本と米国、OECD諸国の全要素生産性(TFP:経済成長を生み出す質的な要因)から「退出」という項目をなくすと、生産性は日本も米国もあまり変わりません。「退出」とは「参入」の逆を意味しており、生産性がゼロ、あるいはマイナスになった企業は市場から撤退する、ということです。これによって市場全体の生産性が高まるわけですが、日本にはこの概念が希薄です。つまり、米国並みに「退出」をすれば、日本国全体の生産性は米国と変わらないレベルまで高まります。

 たとえば、ある商品を作っているA社は有名でシェアも大きい一方で、技術が古いため赤字、生産性もマイナスだとします。一方、同じ商品を作っている新興企業のB社は、新しい技術を使っているので簡単に黒字が出せる一方で、ブランドも販路も生産設備も小さい、としましょう。この2社が1つになれば、伝統企業の人員や生産設備、販路、ブランドを活用でき、生産性も一気に上げることができます。こういったことを積極的に進めた方が良いのですが、残念ながら日本は遅れが見られます。

 生産性の低い会社がなくなればいい、ということではありません。共に生産性を高め合える企業は積極的にM&Aをすべき、ということです。

 今の世界状況を見ると、日本の目の前には中国やロシア北朝鮮があり、守ってくれると思っている米国ははるか遠くにあります。このまま日本の経済力が低下し続け、国際社会での存在感がなくなったときに、米国は日本を守ってくれるでしょうか。地政学的なリスクも考慮し、いつまでもぬるま湯に浸かっている場合ではないと、日本は自ら考えていかないとなりません。

変わること以外に日本が生き残る道はない

――日本の未来を切り拓こうと挑戦を続けるリーダーは、どのような心得を持つべきでしょうか。

松本 進化論を唱えたチャールズダーウィンの言葉に「強い種が生き残るのではなく、変化する種が生き残る」というものがあります。強い種ですら変わることでしか生き残れないのに、今の日本は強い種どころか、すっかり弱い種になってしまっています。

 昭和の時代と比べて弱くなってしまった我々が強くなったり意味のある存在になったりするためには、変わること以外に選択肢がありません。変わることだけが日本の生き残る道です。

 当然、変化にはリスクがつきものですし、リスクがあれば失敗もあるかもしれません。しかし変わらないままでいれば、日本はジリ貧です。GDPはいずれ世界10位にまで下がり、地政学上の問題が起きても守る価値のない国になってしまうかもしれません。それを防ぐためにも、日本はある一定以上の大きさを保たなければならないのです。 また日本が強くなることは、自分たちを守るだけではありません。日本の文化や考え方を世界の国々への貢献に役立てることもできます。

 たとえば、海外の紛争に目を向けると、どの国も政治的な発言を控えるケースが見受けられますが、日本はある意味において中立ですから発言しても良いわけです。 日本が世界に貢献できることはたくさんあります。日本文化を守って世界に貢献するためには、一定以上の強さと規模が必要です。それを実現する唯一の方法は変革することのみです。皆で日本を変える、そういった気持ちを持っていきましょう。

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マネックスグループ代表執行役会長 松本大氏(撮影:梅千代)