コンサートフィルムの最高峰と言われる『ストップ・メイキング・センス』が、4Kレストア版で上映中。これはうれしい!トーキング・ヘッズが1983年に行なったツアーの模様を収めた作品で、40周年を記念しての4K化。スクリーンでは度々上映されてはいるが、よりクリアで、なおかつ音もよくなっているとなれば、トーキング・ヘッズのファンならずとも観るべきだろう。いや、ぜひ観てほしいし、体感してほしい。その価値のある作品なのだから。

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■視覚にこだわり、演劇の要素が宿ったコンサート映画

それについて説明する前に、簡単にトーキング・ヘッズというバンドについて触れておこう。1977年ニューヨーク・パンクのムーブメントに乗ってデビューを果たした彼らは、1991年に公式に解散を発表するまでの間、ライブ盤を含めて10枚のアルバムを残した。パンクとはいえ、とげとげしい音ではなく、ブラック・ミュージックアフリカン、ラテンなどのエスニック・サウンドにも目配せして、ポップな楽曲を作り出す。フロントマンのデイヴィッドバーンはソロアーティストとして、日本でも好評を博した『アメリカン・ユートピア』(20)というコンサート映画を、スパイク・リー監督と共に作ってもいる。メンバーは他、ジェリー・ハリスン、ティナ・ウェイマス、クリスフランツ。4ピースだが、『ストップ・メイキング・センス』では5人のバックメンバーが加えられている。

ストップ・メイキング・センス』は、のちに『羊たちの沈黙』(91)でアカデミー賞監督となるジョナサン・デミの出世作としても有名だ。デミは1983年12月、3日間にわたって行なわれたロサンゼルスでのトーキング・ヘッズのステージに7台のカメラを駆使して密着。さらに追加撮影のため、もう一日公演を行なった。この4日間の記録が、『ストップ・メイキング・センス』には凝縮されているのだ。

本作の魅力をひと言でいうと、シアトリカル、すなわち演劇っぼさが宿っていること。もちろん、コンサート映画だからセリフはないし、主体はあくまで音楽。それでも、視覚にもこだわるデイヴィッドバーンは、このライブで面白い試みをしている。1曲目の「Psycho Killer」では、倉庫のような殺風景なステージ上で、バーンだけがギターを弾きながら歌う。2曲目の「Heaven」ではベースのウェイマスが加わり、3曲目の「Thank You for Sending Me an Angel」ではドラムフランツが入ってきて、4曲目の「Found a Job」でハリスンが加わり、正規のバンド形態となる。5曲目の「Slippery People」以降はバックのメンバーのうち、3人が加わる。

これだけでも演劇っぽいが、さらにおもしろいのは、演者の背後では黒い服を着たスタッフがセットを組み立てていき、最初は殺風景だったステージが、どんどん整っていくこと。バーンによると、ショーの構築過程をショーとして見せるという意図が、そこに込められているとのこと。またハリスンは、演奏中にスタッフが機材を運び込むのは、日本の伝統芸能から発想を得たと語る。黒い服を着たスタッフは、歌舞伎の黒子のような存在なのだ。

■能楽からインスピレーションを得たというアイコニックなビッグスーツ

6曲目のバンド最大のヒット曲である「Burning Down the House」をプレイするときにはバックミュージシャンを含めたすべてのメンバーがステージに揃い踏みし、ステージのセットも完成。当然、ここから音の厚みがグッと増して、ファンキーなビートが力強く響く。バーンの奇妙なダンスは1曲目から全開だが、7曲目の「Life During Wartime」は、その最初のピークと言えよう。ここでギターを置き、歌いながら神経質に踊りまくる。ちなみに、バーンのこのライブでのダンスは、フレッド・アステアのミュージカル映画からヒントを得たとのことだ。

8曲目の「Making Flippy Floppy」では、ステージのバックドロップに英単語がランダムに映し出される。バーンによると、言葉そのものには意味はないとのことだが、これもビジュアル的には面白い。さらに9曲目の「Swamp」では、バーン以外のメンバーは逆光でシルエットが映るのみ。ここにもビジュアルへのこだわりがうかがえる。凝った照明という点では、10曲目の「What a Day That Was」では下からライトを当てて、ホラー映画のような雰囲気を作り出している。

11曲目の「This Must Be the Place」、12曲目の「Once in a Lifetime」は、いずれも様々な映画に使用されているナンバーなので、映画ファンなら一度は耳にしているはず。前者ではバックドロップにスライドが映し出され、後者では伊達メガネをかけたバーンが、またしてもヘンテコなダンスを披露。ちなみにこの曲でのダンスは、来日公演時に代々木公園で見たストリートダンサーたちの動きを撮影し、それを取り入れたとのことだ。

13曲目の「Genius of Love」はトーキング・ヘッズのナンバーではなく、ウェイマスとフランツの別プロジェクト、トム・トム・クラブのナンバー。この曲だけはウェイマスがボーカルをとり、彼女もまた踊る。ガニ股で飛び回る姿のかわいいこと!この間、バーンはステージを離れるが、次の曲のために、本作のアイコンにもなった大きなスーツに着替えていたのだ。

大きなスーツを着て出てきたバーンが歌う14曲目の「Girlfriend Is Better」。このナンバーは、当時バーンが日本でお酒のCMに出演した際にバックで流れていたので、覚えている方も多いのでは。ともかく、この場面でバーンが大きなスーツを着たのは、舞台の上では何事も大げさに表現されるということを象徴しているらしい。ちなみに『ストップ・メイキング・センス』という映画のタイトルは、同曲の歌詞からの引用だ。

15曲目の「Take Me to the River」はソウルシンガー、アル・グリーンのカバー。この曲の途中でバーンは大きなスーツを脱ぐのだが、そこには大きな意味があるようだ。それについては後述する。曲の後半ではバーンによってメンバーが紹介され、最後の16曲目「Crosseyed and Painless」で高速ファンクを叩きつけ、黒子のスタッフもステージに呼び入れて大団円となる。

■日本におけるミニシアターやレイトショーのブームを支えた革命的な映画

ここまで楽曲をたどりながら本作を紹介してきたが、曲ごとにステージのビジュアルを変えていくのがわかってもらえたのではないだろうか。そしてデミ監督は、バーンをメインに収めつつ、他のメンバーの顔もここぞというところで挟み込んでくる。表情を的確にとらえるカメラワークは、この頃からデミのトレードマークだったのだ。また、コンサート映画というと、客席を頻繁に映しては場の盛り上がりを伝える傾向にあるが、デミは観客をほとんど映さず、ステージ上に意識を集中する。これも、あくまで演劇的なものを映画に収めたいという感覚の表われだろう。

さて、“主人公”のバーンは、本作の自身について興味深いことを述べている。彼いわく、「映画の最初のうち、ぼくはお堅い白人男性だ。でも、どんどん硬さがほぐれて、ショーの最後にはあらゆる束縛から解放されている」――ステージ上の彼の装いは、最初はスーツにYシャツ。その後、スーツを脱いだり着たりして、大きなスーツを着たと思ったら、それを脱ぐと半ソデの涼しげなYシャツになり、なで肩の体型もあらわになる。このような物語性が垣間見えるのも、本作の大きな魅力だ。

最後に、本作が日本で初公開された1985年の映画館事情を話しておきたい。日本ではさほど有名ではないアメリカのロックバンドの映画を、当時よく公開できたものと思われるかもしれないが、あの頃はミニシアターがポツポツと出来始め、レイトショーもジワジワと盛り上がりつつあった。筆者も当時、渋谷の公園通りの入り口にあった、今はなき渋谷ジョイシネマレイトショーで本作を初めて観たが、レイトショー独特の熱気がそこには渦を巻いていた。ともかく、日本におけるミニシアターやレイトショーのブームを支えた一本であることは間違いない。そういう意味でも革命的な映画だったのだ。

昔からのこの映画のファンは、懐かしい気持ちで見ることができるだろうし、若いファンは「あの踊り、おもしれー!」というような新鮮な気持ちで観るだろう。いずれにしても、大きいスクリーン&大きい音で、大きいスーツに、ぜひぜひ触れていただきたい。

文/相馬 学

初公開から40年以上を経て『ストップ・メイキング・センス4Kレストア』が公開中/[c]1984 TALKING HEADS FILMS