ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。

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アカデミー賞のノミネート発表の日、Netflixの映画部門のトップを務めていたスコット・ステューバーが3月に退社することが報じられた。一般にはあまり知られていない人物だが、Netflixの方向転換を象徴する出来事だと思っている。

スコット・ステューバーはユニバーサル重役として製作部門を率いたのち独立。ステューバー・フィルム(その後、ブルーグラス・フィルムに改名)を立ちあげ、「テッド」や「バトルシップ」などをユニバーサル向けにプロデュースしていた。2017年にNetflixに引き抜かれ、Netflix Filmsのトップに就任した。

いまからは想像しづらいが、かつてNetflixが手がけるオリジナル映画といえば、アダム・サンドラー主演のコメディ映画や「ビースト・オブ・ノー・ネーション」のようなインディペンデント色の濃い小中規模作品ばかりで、本数も多くなかった。だが、ステューバーが加入した2017年には、ウィス・スミス主演の「ブライト」やポン・ジュノ監督の「オクジャ okja」などを配信し、まさに増産体制に入ろうとしていた。

テューバーに求められていたのは、テック会社として敬遠されがちなNetflixと、ハリウッドとの橋渡しとなることだ。スタジオ重役のみならず、プロデューサーとしての経験がある彼は業界内で顔が広い。実際、ステューバーはNetflixが期待していた通りの仕事ぶりをみせる。

マーティン・スコセッシ(「アイリッシュマン」)、アルフォンソ・キュアロン(「ROMA ローマ」)、ジェーン・カンピオン(「パワー・オブ・ザ・ドッグ」)、ブラッドリー・クーパー(「マエストロ その音楽と愛と」)といった気鋭クリエイターたちが、他社ではゴーサインが下りなかった企画を携えてNetflixにやってきた。また、ドウェイン・ジョンソン(「レッド・ノーティス」)や、ライアン・レイノルズ(「アダム&アダム」)、ルッソ兄弟(「タイラーレイク 命の奪還」「グレイマン」)といったヒットメーカーや人気スターもやってきた。

本数は急増し、2018年に配信したオリジナル映画は90本となった。この年に最多45作品をリリースしたワーナーの倍である(ちなみに、ソニーは29本、ユニバーサルは23本、ディズニーは13本だった)。

だが、これだけの作品数をリリースして、クオリティを担保できるはずもないことは、メジャースタジオ出身のステューバーなら分かっていたはずだ。その後、本数は減り、映画部門は再編制され、2023年に配信されたオリジナル映画は49本になっている。

今回、ステューバーは円満退社をアピールしているものの、7年のあいだに上層部とのあいだに溝が深まっていたことは想像に難くない。実際、ステューバーはNetflix映画が劇場で一般公開されないことに不満を漏らしていたという。せいぜいアカデミー賞狙いの映画が限定的に公開されるだけだ。

この姿勢は、劇場体験を大切にする業界関係者にすこぶる評判が悪い。その結果、マーティン・スコセッシ監督の「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」や、リドリー・スコット監督の「ナポレオン」を、ライバルのApple TV+に取られてしまっている。

同時に、過去7年のあいだにNetflixにおけるオリジナル映画の重要度が変わってきた。そもそも同社がオリジナル映画に着手したのは、自己防衛的な意味合いがあった。メジャースタジオがNetflixを警戒し、有名映画のライセンスを提供しなくなれば、コンテンツ不足に陥ってしまう。ならば、自社で作ってしまえというわけだ。

だが、いまやNetflixは動画配信の王者であり、コンテンツホルダーは無視したくてもできなくなった。ライセンスで獲得した「SUITS スーツ」が昨年大ブレイクしたように、Netflixは巨額の製作費を投じて映画を作りつづける必要がなくなった。つまり、ステューバーは居場所を失ったのだ。

写真:AP/アフロ