ニューヨークを舞台にゲイ・コミュニティを生きる3世代のドラマを前後編6時間半で綴る『インヘリタンス -継承-』が先日より東京芸術劇場(池袋)にて上演されており、作家のマシューロペスが開幕に合わせて来日。作品に込めた思いを改めて語ってくれた。

本作は英国の作家E・M・フォースターが、階層差を越えて愛を求める人々の姿を描いた「ハワーズ・エンド」に着想を得ているが、ロペスは保守的な土地で幼少期からゲイであることを自覚しながら生活し、14歳の時に映画版『ハワーズ・エンド』を初めて観たという。
「ものすごく遠い場所の物語のように感じつつ、でもどこかで自分との“つながり”も感じました。14歳のあの時から私は『インヘリタンス』を書き続けていたのかもしれません。長い時間をかけて『世界には自分と遠く隔たったものがあるのではなく、まだ知らないものがあるだけなんだ』ということを学ぶ、そんな長いプロセスの中にいた気がします。見知ったものが増えていく中で、私がかつて『ハワーズ・エンド』に感じたような“何か”が普遍性を持ち、『世界ってもっと小さなものなのかもしれない』と気づかされるものなのかもしれません」

HIV自体は医学の進歩により、かつてのような不死の病ではなくなったが、ロペスは「恥」と「依存症」こそ、いまなお人々、特にゲイ男性を死へと至らしめる存在であると強調し、こう続ける。
「いま私は46歳なので、80年代エイズ禍を直接体験したわけではないですが、エイズが猛威をふるう中で性的な目覚めを迎えた世代であり、僕にとっては“性”と“死”は深く結びついていました。でも大人になり、より若い世代と話をして、彼らは既に感染予防が発達した世界で生きてきて、『性=死』という意識がないことに衝撃を受けました。エイズ以前は感染症の心配なく性を謳歌した時代があり、いまは医学の進歩に守られて性を謳歌できる時代であり、私たちはその中間の“目撃者の世代“と言えます。その経験をしたためたくて物語にしました」

この取材の前日の開幕日に6時間半にわたる日本版を鑑賞した。
「熊林(弘高)さんの演出は、戯曲ではそこにいると書かれてなかった人物がそこにいるという、非常にシンプルなことを通して、人々のつながりを見事に表現していました。私自身、書きながら頭の中では『この人とこの人がつながっている』と抽象的に理解していた部分が、舞台上でしっかりと表現され、世代間のつながりや複雑に人々が絡み合った作品だということがよくわかる上演でした。最後の場面では、元の戯曲にはない独自の演出がされていましたが、私が考えたこともなかった赦しの形が表現されていて素晴らしかったです。初演の演出を担当したスティーブン(・ダルドリー)にそのことをメールしたんですが、きっと『なんで俺はそれを思いつかなかったんだ!』と悔しがると思います」

『インヘリタンス -継承-』より、(撮影:引地信彦)
『インヘリタンス -継承-』より、(撮影:引地信彦)
『インヘリタンス -継承-』より、(撮影:引地信彦)

昨年は『赤と白とロイヤルブルー』で長編映画監督デビューも飾った。同作はAmazonによる配信映画であり、生で熱量を伝える演劇とはある意味で対極にある表現と言える。
90年代に素晴らしい映画を見て育ってきたので映画は大好きですし、映画を作りたいという思いもずっとありました。監督1本目がロマンティック・コメディになるとは思ってなかったけど、これまで実現に至らなかった企画もいくつかあった中で、実現しそうだという話を断る理由はありません。何年も『インヘリタンス』に関わり、その後、コロナ禍もあった中で、純粋に人を喜ばせ、楽しませる作品をつくることは楽しかったし、やってよかったです。『インヘリタンス』も多くの人に観てもらいましたが、『赤と白と…』を最初の週末に観てくれた人の数にはかないません。演劇は親密な(=intimate)職人的な芸術であり、その表現を愛していますが、一方で世界規模でエンタメをつくる面白さもあります。親密な職人芸と自覚的に見世物として人を楽しませること、その両方に良いところがあり、これからも関わっていきたいと思っています」

取材・文:黒豆直樹

★『インヘリタンス-継承-』出演の福士誠治さん×麻実れいさんインタビューはこちら

★初日開幕時のキャストコメントはこちら

<公演情報>
『インヘリタンス-継承-』

作:マシューロペス
訳:早船歌江子
ドラマターグ:田丸一宏
演出:熊林弘高

出演:
福士誠治 / 田中俊介 / 新原泰佑
柾木玲弥 / 百瀬朔 / 野村祐希 / 佐藤峻輔
久具巨林 / 山本直寛 / 山森大輔 / 岩瀬亮
篠井英介 /
山路和弘 /
麻実れい(後篇のみ)

【東京公演】
2024年2月11日(日・祝)~2月24日(土)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス

【大阪公演】
2024年3月2日(土) 前篇 12:00 / 後篇 17:00
会場:森ノ宮ピロティホール

北九州公演】
2024年3月9日(土) 前篇 13:00 / 後篇 18:00
会場:J:COM北九州芸術劇場 中劇場

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/inheritance-stage/

公式サイト:
https://www.inheritance-stage.jp

『インヘリタンス -継承-』の開幕に合わせて来日した作者のマシュー・ロペス