スカンディナビア半島とヨーロッパ大陸の間にある海域「バルト海」の暗く冷たい波の下に隠された歴史が存在した。
ドイツ、メクレンブルク湾の水深21mのところで、1万1000年前の石器時代にさかのぼる古代の石造建造物が見つかったのだ。その長さはおよそ1kmに及ぶ。
大きな石を並べて作られたこの古代の構造物は、明らかに自然にできたものではない。つまり、海に飲み込まれる数千年前に、なんらかの目的のために意図的に作られた人工物なのだ。
英キール大学の地球物理学者、ヤコブ・ゲールセン氏率いる研究チームは、この構造物は、最終氷河期が終わり、気候が暖かくなってきた石器時代、この地域に住んでいた狩猟採集民族によって作られた狩猟目的のものではないかと考えている。
この発見物は「ブリンカーウォール(Blinkerwall)」と名づけられた。
「この遺跡は、記録されている最古の狩猟用人工構造物のひとつで、ヨーロッパで知られている石器時代の建造遺物としては最大規模のものだ」研究者は論文にこう書いている。
これは、人類の生存戦略や移動パターンを理解し、西バルト海地域の領土開発に関する議論を刺激する上で重要なものになるだろう
現場の海底地形。白い矢印がブリンカーウォールを示している / image credit:Geersen et al., PNAS, 2024
この壁が人工物である理由
地球の大陸は、何千年にもわたって、地殻変動、侵食、氷河や海面変動などの気候変遷によって形成されていき、海岸沿いの集落や構造物の多くのは、長い年月の間に波にさらわれて視界から消え、簡単には手の届かないものになっていく。
近年、技術の継続的な開発によって、海底に埋もれている宝の存在が明らかになっている。
ゲールセン氏ら研究チームは、高解像度水中音波画像や自動水中車両、人間のダイバーを駆使して湾を探索し、このブリンカーウォールを発見して、その実際の大きさをマッピングすることに成功した。
集められたデータによって、1670個の石が971mにわたって並べられていることがわかった。ずらりと並べられた個々の石は幅2m弱、高さ1m弱に成形されているものが多い。
こうした一貫性と整然とした並びは、氷河の移動や氷に押されたといった自然現象による結果とは考えにくい。
ブリンカーウォールは古代の海岸線あるいは湿地に隣接していたと思われるが、必要と思われる適切な水の流れの痕跡が発見できなかったため、魚のやなのような機能があった可能性は低いと思われる。
また、海岸の防御壁の基礎としては2mという幅は狭すぎるため、防波堤でもなさそうだ。
1万1000年以上前にこの地域に住んでいた人たちは、航海をしていなかった可能性が高いため、この構造物が港だったとも思えないという。
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トナカイやバイソンの追い込みに使用した可能性
現在、入手済みの情報によると、ブリンカーウォールの用途のもっとも妥当な解釈は、大型有蹄類の群れを追い立てて囲う狩猟用の建造物という説だ。当時、それはおもにトナカイやバイソンだと思われる
当時のブリンカーウォールを再現したアーティストのイラスト図 / image credit:Michał Grabowski
これは、それほどおかしな説ではない。サウジアラビアの砂漠の溶岩地帯から中央アジアにかけては、多くの巨石が散らばっているのが見受けられる。
これは、動物の群れを追い込み、狩りを容易にするための構造物の痕跡だと専門家は考えている。
こうした構造物の年代を特定することは難しいが、周囲の地形の年代に基づいて考えると、ブリンカーウォールは1万1000年以上前に建設され、およそ8500年前にバルト海に沈んだと推測されるという。
それ以来、ほぼ自然な状態で水の底でひっそりと隔離されてきたため、人類史を理解する貴重な資料といえよう。
ブリンカーウォールの年代や機能的解釈は、胸躍るような発見だ。その古さだけでなく、初期の狩猟採集社会の生存様式を理解できる可能性があるからだ
こうした構造物の発見は、この地域に生きていた狩猟採集民の多くの面、とくに社会経済的な複雑性に光を当てることになる(ヤコブ・ゲールセン氏)
この研究は『PNAS』(2024年2月12日付)に掲載された。
追記:(2024/02/17)本文を一部訂正して再送します。
References:Mysterious Ancient Megastructure Discovered Lurking Beneath The Baltic Sea : ScienceAlert / 11,000-year-old submerged stone wall discovered off Germany was once used to trap reindeer | Live Science / written by konohazuku / edited by / parumo
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