2025年には日本の認知症高齢者の数は約700万人、65歳以上の高齢者5人に1人が認知症になるーー内閣府の発表だ。もはや認知症は他人事ではない。『気がつけば認知症介護の沼にいた。』(古書みつけ・刊)の著書であり、現在も認知症介護職に就く畑江ちか子さんに、壮絶すぎる認知症介護の実体験を聞いた。

※文中に、シモのお世話関連の話題が出てきます。気分を害する方は閲覧をご慎重にご考慮ください。

ストッパーが外れた“全力”の鉄拳が乱れとぶ

――畑江さんご自身が実際に経験して、最も衝撃を受けたエピソードを教えていただけますか。

畑江ちか子(以下、畑江):グループホームでの男性利用者、2人の大ゲンカです。昭和ひと桁生まれの典型的なガンコジジイ・山本さん(仮名)と、同年代のジェントルマン・仁科さん(仮名)が、リアルファイトクラブを勃発してしまったんです。もともと仲がよくなかったんですけど、テレビの番組争いがケンカに発展したみたいで。

認知症の方はストッパーが外れている状態なので、全力なんです。施設長から「ケンカが始まったら身体を張れ」と言われていましたし、私は30代なので抑えられるかなと思いきや、力がすごく強くて。

仲裁に入ろうとした私のこめかみに、山本さんの拳がクリーンヒット。二科さんが「女性を殴るたぁ何事だぁッ!!!」とブチギレて、仁科さんの拳が山本さんの口元にヒットしてしまいました。

申し送りに記載して、他の職員と情報共有はしましたけど、経験しないとわからない恐怖感でした。今でも一番のトラウマです……。以降はよりアンテナが研ぎ澄まされて、トラブルの前に察知できるようになりましたけど。

◆「バカ女、殺す」と追いかけられて

――男性の外国人利用者に、殺されそうになった体験談も驚きました。

畑江:夜勤で巡回中、ヨウさん(仮名)が、全開にした部屋の引き出しに、おしっこをしていたんです。声をかけるかどうか迷いに迷ったんですけど、ルーティンになってほしくなくて、声をかけました。そうしたら「バカ女、殺す」とキレられ、パイプ椅子を持って追いかけられました。「包丁で首切って殺す」と、死刑判決まで下されて逃げ回って(笑)。朝方5時ぐらいの出来事だったし、他の利用者もいるからホームから逃げ出すことはできない。朝8時まで日勤の職員は出勤しないし、助けを呼べる状況じゃない。

キレている人の目って、脅しではなく本気で自分を傷つけようとしていると、本能的にわかるんですよ。結果的には、ヨウさんにジュースをあげたら「殺す」と言っていたこと自体を忘れてくれましたけど。ヨウさんがお部屋に戻られた後も、下半身に力が入らず膝がガクガク震えていました。

排泄という尊厳に関わる行為は、大きな問題だと改めて痛感しました。あのときは、声をかけないのが正解だったんだと今は思いますけど、きっと声がけしていたと思います。

うんちを漏らすことでパニックが連鎖する

――排泄関連で他に困ったケースは。

畑江:うんちを漏らすとパニックを起こす利用者が多いです。もし私たちが漏らしたら、「何やってるの、自分!?」と思った直後に、自分で処理できるじゃないですか。「汚れ物は自分で処理しなくちゃ」という考えは、利用者も同じ。でも、自分では思う通りにできないから、暴れ出してしまうんです。暴れた分だけ飛び散るし、汚物に触れた手で壁を触ったりもするから、惨事が広がってしまうという。

――どうやって鎮めるんですか?

畑江:ほとんど、お風呂場へ連れて行って洗い流します。「キレイにしましょう」「洗いますね」「じっとしていてください」と伝えても、大声を出して暴れていると、私たちの声は耳に届かないようなんですけど。高齢者の皮膚は弱く剥離しやすいから、ウエットティッシュで拭かないといけないんですけど、暴れているから取り除ききれないんです。

お風呂場の専用イスに座ってもらうと、自分の汚れたズボンを目の当たりにしてまたパニックを起こすんですけど。日頃、お風呂場でパニックを起こさない人も、錯乱状態になるケースが多いですね。洗面器を投げつけられたり、室内履きのまま思いきり蹴られたり……痛い、痛い(笑)。

それでも、足元からお湯をあてて、お湯に慣れるとだんだん落ち着いてきます。うんちを漏らしたのを人にキレイにしてもらうのって、精神的にかなりしんどいんじゃないかな……。毎回思います。パニック度が大きい分、プライバシーには十分配慮しないといけない問題なんです。

◆大変な分、やりがいと喜びも大きい

――過酷な職業ですが、畑江さんは現在も認知症介護施設に勤務していますよね。

畑江:経験を積んで、シモのお世話はもう慣れました。介護業界は「労災隠しが常態化している」と言われていますけど、私もよほどのことがない限り、労災申請をしないでしょうね。色々とキリがないので。例えば、利用者にお箸で目を突かれて失明してしまったら仕事も続けられなくなってしまうので…。人生を変えられてしまうような事件に巻き込まれない限り、この業界に身を置くかもしれません。大変な分、やりがいと喜びも大きいですし。

――世間では、介護職員不足が叫ばれています。

畑江:認知症に限らず、介護職員はもっと増えてほしいです。私のような夜型人間は、日勤より給料が割り増しになる夜勤がオススメです。夜ボーッとしているのではなく、働けばお金になりますから。ぜひ!

 畑江さんは著書の中で、「銀行のATMで、隣で操作していた高齢者がオレオレ詐欺の被害者かも? と察して、声をかけた」そう。「認知症介護職に就いていなければ、見てみぬフリをしてしまったかもしれない」と取材で語っていた。

「50年後、80代のときパートナーや子どものいる、いないに関わらず認知症になったら」という問いには、「認知症への理解が進み、今より寛容な日本になっていてほしい」とのことだった。現場で働く本人の言葉だけあり、説得力と重みがあった。

<取材・文/内埜さくら

【内埜さくら
うちの・さくら。フリーインタビュアー、ライター。2004年からフリーライターとして活動開始。これまでのインタビュー人数は3800人以上(対象年齢は12歳から80歳)。俳優、ミュージシャン、芸人など第一線で活躍する著名人やビジネス、医療、経済や一般人まで幅広く取材・執筆。趣味はドラマと映画鑑賞、読書

畑江ちか子さん