伊予鉄道の「坊っちゃん列車」は2023年11月から運転士不足で運休を見合わせています。人材確保に向けた取り組みの結果、3月20日から運転を再開する予定です(写真:EhimeMikan / PIXTA)

トラック・バス運転手、介護・福祉業界、建設業ーー世の中に広がる人手不足の波が、ついに鉄道業界にも押し寄せてきました。子どもたちの「やりたいお仕事ランキング」で、上位の常連だった「電車の運転士」も、このところ採用困難という現実を突き付けられています。特に運転士不足が目立つのが、中小の地方鉄道です。

こうした現状を先手必勝で克服しようと、国土交通省は2024年2月2日、本省で「地域鉄道における運転士確保に向けた緊急連絡会議」を開催しました。国交省鉄道局によると、「運転士が足りない地方鉄道」は全国140社局の半数に上ります。対応策の代表選手は、国の規制緩和で鉄道運転免許の受験年齢を引き下げる、技術面では自動運転の早期実用化などなど。会議資料を読み解きながら、広い視野で人材確保策を考えましょう。

地方鉄道の半分は「運転士の不足あり」

運転士が足りず、ダイヤを2割減便」、「人気の観光列車が、運転士不在で運転できない」。いずれも2023年秋以降、実際に報じられた鉄道ニュースです

運転士不足の実態は? 国交省が2023年10月に実施した、「現行ダイヤに必要な運転士の過不足に関する状況調査」をみます。

大手から中小まで、全国ほぼ全事業者をカバーする172社局(局は主に公営鉄道です)のうち「(運転士の要員に)余裕あり」が40%なのに対し、「過不足なし」16%、「不足あり」45%で、既に10社に6社が「運転士がぎりぎり・足りない」とSOSを発します。

地域鉄道(国による地方鉄道の総称)に限れば、全国140社局のうち「余裕あり」は31%だけで、「過不足なし」が19%、「不足あり」が50%で、「運転士が足りない」の割合はぐんと跳ね上がります。

全国には社長自らが電車のハンドルを握る地方鉄道も。銚子電気鉄道の竹本勝紀社長は動力車操縦者の資格を取得。自身で電車を運転することもあります(筆者撮影)

ウルトラマンが来ない!?

ところで、冒頭に挙げた「鉄道運転士がやりたいお仕事」というのは、保育・人材ビジネスのライク(企業名)が2022年12月に発表した「保育園児がやりたいお仕事ランキング」。

「電車・新幹線運転士」は堂々のトップ。2位以下には「警察官」、「サッカー選手」、「野球選手」、「パン屋さん」、「ウルトラマン」が続きます。

運転士が足りないというのは、「サッカーや野球の選手が足りなくて試合できない」、あるいは「怪獣があばれても、ウルトラマンが来てくれない(?)」のと同じといえば、多少は現実をイメージしていただけるでしょうか。

24時間365日休みなし

なぜ運転士が足りないのか? 発想をめぐらせましょう。

鉄道は、ホテルや旅館、テーマパークといった観光産業と同じく、世間が休んでいる夏休みや年末年始に働いて稼ぐ商売です。おまけに、24時間365日休みなし。人が寝ている夜間にも、多くの仕事があります。

地方鉄道の多くは中小企業です。経営的に赤字のところも多く、待遇面も大企業にはかないません。学生が就職先を選ぶ場面で、選択肢に入るのか。一定の疑問が残ります。

「先行事例を見聞し、可能なものは自社展開を」(岸谷審議官)

話を本題に戻して、緊急連絡会議を所管するのは国交省鉄道局安全監理官室。鉄道の安全を守る〝要のセクション〟です。

メンバーは、地域鉄道を中心にした全国140社局とオブザーバー32社局。オブザーバーは、人材面で比較的余裕があるJRグループ7社や大手私鉄、公営地下鉄。ほかに日本鉄道運転協会、日本民営鉄道協会などの業界団体、国の機関では国交省鉄道局と地方運輸局、内閣府沖縄総合事務所が加わります。

国は、自動運転や事故防止にノウハウを持つJRや大手私鉄に、地域鉄道への技術展開を期待します。

会議では、国交省を代表して岸谷克己大臣官房技術審議官(鉄道担当)が「連絡会議で多くの先行事例を見聞し、可能なものは自社に展開してほしい」とあいさつ、情報・意見交換に移りました。

18歳で鉄道運転免許

国側(国交省)が提示した対策は、①運転免許受験資格の(年齢要件)見直し、②踏切があるような一般路線への自動運転導入、③鉄道分野への外国人材活用の検討ーーの3項目です。

本サイトでは、2023年11月の「鉄道技術展2023」のコラムで、年齢要件緩和と外国人材活用を紹介させていただきました。現在20歳以上の受験資格は、有識者や鉄道事業者による検討会で審議した上で、2024年度内にも省令を改正して18歳以上に引き下げる方針。運転士志望の高校生は要チェックです。

既に建設業界ではスタートしている外国人材の受け入れは、鉄道業界への拡大を検討します。

自動運転は、各事業者が実証実験に取り組む次世代鉄道技術の代表格。東京メトロ丸ノ内線JR東日本上越新幹線JR九州香椎線などでの実証テストや実用化がアナウンスされます。大手から地方鉄道への技術展開への期待が高まります。

2024年3月からGOA2.5レベルでの自動運転がアナウンスされるJR九州香椎線。踏切などがある同線でのドライバレス運転は運転士不足への対応策として最有効です(写真提供:JR九州

「キャリトレイン」でキャリア継続

一方、事業者側から披露されたのは、①急な退職者があった場合のダイヤ維持、②社員・職員の採用・広報活動の工夫、③計画的な運転士養成、④運転士の待遇・労働環境改善ーーの創意工夫4項目です。

運転士不足・人材不足は、いわば鉄道業界全体に迫りくる課題。何か突破口はないかと探して見付かったのが、2018年に立ち上がった相互人材受け入れスキーム「民鉄キャリアトレイン」。

例えば、関東の私鉄で働いていた運転士(もちろん運転士以外の社員も)が、親の介護で九州に帰らなければならなくなった場合、通常は現在の勤務先を退職して転居先で新しい就職先を探します。しかし、九州ではキャリアトレイン西日本鉄道熊本電気鉄道肥薩おれんじ鉄道などが参加。条件が合えば、九州でも鉄道マン・鉄道ウーマンのキャリアを継続できます。

「民鉄キャリアトレイン」は2024年1月にスキームを拡大し、今では大手から中小まで全国78社が参加する大所帯に。リストを見ると、北越急行いすみ鉄道若桜鉄道など一部の第三セクター鉄道等協議会の加盟社も加わりますが、今後は可能であればJRグループなどを含めたオール鉄道業界への広がりを期待したいところです。

ワンショットの緊急連絡会議

今回の会議は、国交省の一般的な有識者検討会などと異なり、ワンショット、一回限りの会合です。

あくまで理想論ですが、会議の場で相互に理解を深めた大手と近隣の中小鉄道が知恵を持ち寄って、人材不足の課題を解決するーー。そんな有効策が一つでも二つでも実行されれば、会議は十分な意義があったといえるでしょう。

記事:上里夏生