紅海を航行する艦船に対し、各種攻撃を加えている武装勢力「フーシ派」のUAVを、アメリカ海兵隊の老攻撃機が迎撃しています。なかにはエース・パイロットに匹敵する戦果を挙げているものまでいるそうです。

垂直離着陸機を駆る「撃墜王」?

イギリス公共放送BBCの報道によると、東地中海に展開するアメリカ海軍の強襲揚陸艦「パターン」に搭載された同国海兵隊のAV-8B「ハリアーII」攻撃機が、紅海においてUAV(無人機)を多数撃ち落としているそうです。

迎撃しているのはイエメンに拠点を置く親イラン武装組織、フーシ派が飛ばしているUAVで、BBCのインタビューに応じたアメリカ海兵隊パイロットのアール・エアハルト大尉は、これまでに7機も撃墜したと述べています。

戦闘機の世界では5機以上の敵機を戦闘時に撃墜した場合、そのパイロットは「撃墜王」(エース・パイロットやフライングエースなどとも呼ぶ)の称号を与えられます。エアハルト大尉のインタビューが本当であれば、現代のもっとも新しいエース・パイロットは、戦闘機ではなく攻撃機によって達成され、その目標は人の乗っていないUAVということになります。

AV-8B「ハリアーII」は、もともとイギリスで開発された攻撃機ハリアー」の改良型にです。「ハリアー」はジェット排気ノズルが可変式になっていることから、固定翼機でありながら垂直離着陸が可能で、ホバリング(空中停止)までできる機体として名を馳せています。

実際のところ、そのホバリング能力は機体重量やエンジン温度などに左右されるため、いつでもどこでもできるという便利な能力ではありません。しかし、この可変式ノズルを使った垂直/短距離離着陸V/STOL)能力があるため、空母もよりも小さい強襲揚陸艦からの出撃・帰還が可能であり、今回の防空戦でもそれが大いに役立ったといえるでしょう。

遠方目標の撃墜が可能なまでにグレードアップ

2024年2月現在、紅海周辺のエリアは、イエメン北部を拠点にするフーシ派の戦闘活動が続いており、航行する艦艇に対してUAVだけでなく各種ミサイルを使っての攻撃が行われています。

紅海や東地中海に展開しているアメリカ海軍の艦艇は、これら攻撃に対して迎撃戦闘を行っています。これまでは、イージス艦空対空ミサイル対空砲などによる迎撃が比較的よく報じられていましたが、今回のニュースによると、それらだけでなく強襲揚陸艦に搭載されているAV-8のような攻撃機も参加していたということになります。

ただ、AV-8Bは対地任務をメインに行う攻撃機であり、空対空戦闘はできないわけではないものの、メインの任務ではありません。とはいえ、同機も段階的にアップグレードが施されており、現用モデルは長距離の空対空戦闘能力も付与されています。

AV-8Bの最新型は「ハリアーIIプラス」と呼ばれており、機首部分にはそれまでのモデルにはなかったAPG-65レーダーが搭載されています。これによって自身で空の目標を探索できるようになっただけでなく、レーダー誘導方式の空対空ミサイルAIM-120「アムラーム」を運用することも可能です。

AV-8Bには、初期モデルから赤外線誘導の短距離空対空ミサイルAIM-9サイドワインダー」の運用能力が付与されていましたが、これは目視できる近距離の目標にのみ有効な兵器でした。これにAIM-120が追加されたことで、「ハリアーIIプラス」は遠方を飛ぶ目視外の空中目標も攻撃することが可能となり、空対空戦闘能力の大幅な向上が図られました。

退役が見えてきたAV-8Bの最後の戦果か?

今回、BBCが報じた紅海でのUAV撃墜では、AV-8B「ハリアーII」がどのような兵器を使ったかは不明です。しかし、「ハリアーIIプラス」へのアップグレード化で追加されたレーダーやミサイルが大きな役割を担ったのは間違いないでしょう。

とはいえ、今後も同じ様な任務でAV-8Bが使われる可能性は低いといえそうです。

じつは、アメリカ海兵隊では2024年現在、AV-8B「ハリアーII」を、新型機F-35BライトニングII」に更新する作業を進めています。F-35Bは対地対空の両方が可能なマルチロール戦闘機であるうえ、ステルス性と第5世代戦闘機と呼ばれる高性能なアビオニクスも搭載しています。その性能はすべての点においてAV-8Bを凌駕しています。

当初の予定ではAV-8BもF-35Bと合わせて2030年頃まで運用する予定でした。しかし、運用機種を減らすことで10億ドル以上の予算が削減できるという理由から、AV-8Bは当初計画よりも早く退役することが決まっています。

今年(2024年)の1月29日には、米本土東海岸に位置するノースカロライナ州のチェリーポイント航空基地が、AV-8Bのエンジン整備を整備員に教えるクラスが、最後の卒業生を送り出したと発表しました。これもAV-8Bの完全退役を見据えた動きであり、そのプレスリリースには「AV-8BハリアーIIの退役まであと2年」と記載されていたそうです。

今回のドローン撃墜のニュースは、40年にわたったアメリカ海兵隊におけるAV-8B運用の歴史において、ひょっとしたら最後の花道を飾る出来事になるかもしれません。

アメリカ海兵隊のAV-8B「ハリアーIIプラス」。右翼に中距離空対空ミサイルAIM-120「アムラーム」、左翼に短距離対空ミサイルAIM-9「サイドワインダー」をそれぞれ搭載している(画像:アメリカ海兵隊)。