人は亡くなるとき、何らかの形で「遺産」を持って亡くなるため、どの家でも必ず発生するのが「相続」。そして、親族間で「遺産争い」といったトラブルが発生することも、ドラマや映画の世界ではお馴染みの光景でしたが、「昔と今では、相続トラブルの様相が変わってきた」と、不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏は言います。牧野氏の著書『負動産地獄 その相続は重荷です』より、詳しく見ていきましょう。

「普通の家族」が「いらない相続」に悩まされる

相続に詳しい私の知人の税理士によると、最近の相続現場では、親の残した財産の帰属をめぐって壮絶なバトルが展開されることが多くなっているとのことです。

昔から相続では、相続人同士の思惑やいがみ合い、生前の被相続人との関係などがからむ骨肉の争いとなり、「相続」ならぬ「争族」になる、ということは、映画やドラマのテーマにも取り上げられ世間一般にもよく知られていますが、最近はちょっと様相が違うらしいのです。

ひとつめが、これまではほとんど相談のなかった人たち、つまり相続税の心配が全く必要でなかったと思われる人たちからの相談が増えていることです。

普通のサラリーマン家庭で両親が亡くなります。多くの場合、財産として計上されるのは、現預金や有価証券、そして生前父親が住宅ローンを背負いながら頑張って買った都市郊外の一軒家、父親がそのまた親から相続した地方の実家くらいが対象です。

これらの財産を子供2人が相続する際にトラブルになるといいます。

まず、こうした事例で相続税の心配をする必要はあまりありません。両親が亡くなったあとでの相続でも、子供2人であれば基礎控除額は4,200万円(3,000万円+600万円×2人)。郊外の一軒家であり、建物の築年が古ければそれほど高い評価にはなりません。

土地も、路線価評価額は公示地価の8割程度ですので2,000万円にも届かないのが通常です。地方の実家は土地が安いのでほぼ無視できる金額です。残された預貯金や有価証券は普通のご家庭では1,000万円程度。合計してもなんとか基礎控除の範囲内に収まります。

結論として税金の心配はありません。ところがこれを2人で分けるときに、トラブルが勃発するのだそうです。

つまり、2人とも現預金を相続したい。親の家はいらない、ましてや地方にある親の実家(祖父母の家)なんてまっぴらごめん、というわけです。

以前は相続トラブルの一番の原因は、不動産をどちらが相続するか、価値のある家を長男が相続するか、次男あるいは長女かで大揉めになったのだそうです。ところが最近は、家はいらない、金が欲しいの大合唱で、挙句の果てに大喧嘩という図式です。

一見すると不動産、特に一軒家は相続税評価上、数百万円からせいぜい1,000万円程度に減額されていますが、本来はもっと価値があるはず。つまり大きな評価減を受けているだけで実際の時価は高いのですから、これまでは誰もが家を欲しがったものでした。

ところが、現代では相続人の誰しもが、家は嫌だ、といい出したのです。何とも奇妙に聞こえますが、これが現実なのだそうです。

ふたつめは、これはもう税理士業務の範疇外のような話ですが、相続後のトラブルです。

現金争奪戦は結局、親の遺言書でもなければ互いの話し合いで解決するしかありません。解決しないとどうなるか。受け取りたくなかった親の家を子供たち全員が共有で相続したりしてしまいます。

そして共有はきょうだいであってもトラブルのもと。相続した不動産をめぐって相続人同士の争いが勃発。相談を受ける事例が増えているのだそうです。

郊外の実家を「共有相続」した兄妹に起こった諍い

これは実際に私に相談があったお客様の事例です。お客様は中堅企業のサラリーマン。数年前に父親が亡くなり、母親はすでに他界されていたので、親の財産をきょうだい3人で相続しました。その際、東京郊外にある彼らきょうだいが過ごした実家は、3人の共有で等分に受け継いだのだそうです。

彼は3人きょうだいの真ん中。兄は海外赴任でもともと家には何の関心もなかった人。妹はすでに結婚して埼玉県に在住。この妹が相続の際にはもっとも現金にこだわったといいます。

相続後も家の管理を誰かがしなければなりませんが、妹は自分の家のことで精いっぱいだからと、なんだかんだと理由をつけて全く実家には姿を現しません。仕方がないので、次男である彼が、休みの日を利用して数週間に一度、家に風を通し、庭の植栽を剪定したりして管理をしてきました。

でも自分もすでに神奈川県内に家を確保している。兄は当分外国暮らしが続くとのこと。妹は相続時にも強硬に現金が欲しい、といっていたことだし、なにやら不動産価格も上がっている。このチャンスに家を売ってしまおう。売ったお金をみんなで分ければよいではないかと考え、これを兄と妹に告げました。

兄は、そもそもどうでもよいと思ったのか、

「ああ、お前の好きなようにすれば。だって俺は帰国しても別にマンションがあるし。だいたいそんな不便なところから通勤なんてできないよ」

とほぼ想定通りの返事。ところが妹が驚愕するようなセリフを吐いたのです。「あら、何言ってんのよ。あの家はお父さんが多額のローンを組んで私たちのために一生懸命働いて建てた家よ。売る、なんて絶対に許さない。お兄ちゃんってなんて冷たい人!」

不動産の売却は物件の所有者全員の同意がなければできません。現金派の妹からの思わぬ浪花節。

「でも、どうするのさ、この家。郊外にあって最寄りの駅からもバスで25分。東京都心までは駅からさらに1時間以上かかる。家を貸すにも借手なんかいやしない。だいたい家を管理しているの、俺だろ」

彼の述懐でした。

誰の役にもたたない不動産でも引き継がれていく

あたりまえですが、不動産はただ所有しているだけで、固定資産税や地域によっては都市計画税がかかります。家を維持していくには、マンションなら管理費や修繕積立金の負担が毎月発生します。

戸建て住宅でも家の風通しや通水などをこまめにしていないと、特に木造住宅などはあっというまに傷んでしまいます。細かな修繕費用の負担、庭木の剪定などなど費用の塊です。

このように誰も使わない、そして誰の役にもたつことがない不動産であっても、不動産は引き継がれていくのです。

車や機械であればこれをなくしてしまう、つまり捨ててしまうことができますが、不動産は家を壊せても、土地を削り取ってこの世からなくしてしまうことは不可能です。マンションに至っては自分の意思では壊すこともできず、月々の費用負担からも逃れることができません。相続財産の対象としてなかなか厄介な存在なのです。

相続とは、世間ではなんとなく、税金の問題? とステレオタイプに考えがちなのですが、そうではありません。まず相続はどこの家でも必ず発生するものです。それは人が亡くなるからです。そして亡くなった人は何らかの形で「遺産」を持って亡くなるものなのです。

普通の家庭で普通に起こるのが相続です。そしてその受け継がれていく遺産の中に、税金はかからなくとも、厄介者となった不動産が隠れているのです。

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)