最大税率55%と、相続税の負担が重いことで知られる日本。国外に目を向けると相続税がない国やほとんどかからない国も多く、そのため富裕層は「海外に資産を移しておけば節税できる」と考え、対策をとっている人も多くいました。しかし、近年国税庁はこうした「海外資産」にも目を光らせていると、多賀谷会計事務所の税理士でCFPの宮路幸人氏はいいます。事例をもとに、相続税申告の注意点をみていきましょう。

相続税を節約したい…“なかったこと”にした「海外資産」

Aさん(51歳)は、都内の会社員です。社内では総務部の課長代理を務めています。

2年前、父が亡くなったため、Aさんは実家に帰省し、母親・姉・弟と4人で遺産分割協議を行いました。

Aさんの父親は現役時代商社に勤めており、若いときから海外赴任の機会が多くありました。Aさんが小さいころは家族全員で滞在していましたが、学校に通い始めるようになると、「子どもたちは日本の学校に通わせたい」と父親単身で海外に行くように。

このため、海外に口座を持つ機会も多かったようです。相続財産目録を作成する段になって、父の遺産は実家と預金8,000万円のほか、スイスの銀行に日本円で約5,000万円ほどの預金が遺されているのがわかりました。父親は亡くなる直前、母親にメモを渡していたようです。

相続税申告を行うにあたって、この「スイスの預金」が問題になりました。Aさんは、こうした外貨預金にも相続税がかかることを知っていたものの、相続税はなるべくかからないに越したことはありません。

母親と姉は「あとでバレたりすると大変だろうから、正直に申告したほうがいい」といい、Aさんと弟は「海外にある預金だからそうそうバレないだろう。わざわざ申告する必要はないと思うし、バレたらバレたでそのときに言えばいいよ」と対立。

最終的には、長男であるAさんに意見が一任され、このスイスの預金は含めないことに。Aさんは、実家と国内資産のみで申告書を作成し、提出しました。

忘れたころに来た「税務調査」

それから1年が経ち、相続税の申告についてすっかり忘れかけたころ、Aさんの携帯に税務署から「税務調査に伺いたいのですが」と連絡がありました。

「まさか、あのスイスの預金がバレたのか……?」内心不安なまま、Aさんは母親と調査に立ち会うことに。

税務調査当日。調査官は、Aさんが思っていたより穏やかで、雑談を挟みながら進行します。まずはAさんが申告を行った実家の土地建物や国内預金等について聞かれ、Aさんも正直に返答。なごやかな雰囲気のまま、このまま無事に終了するのかと思ったところ、調査官は次のように言いました。

調査官「お父さまの財産はこちらですべてでしょうか?」

Aさん「え、ええ……。私が把握している分は、これですべてです」

調査官「そうですか。では、スイスにある口座は誰のものでしょう? お父さんのものだと思いますが、違うのですか?」

Aさん「……」

調査官財産を意図的に仮装・隠ぺいしているとなると、悪質ですので『重加算税』の対象となります

Aさん「そんな……」

結局、父の外貨預金(日本円で約5,000万円)については「資産隠し」とみなされ、重加算税や延滞税などを含めAさんは3,000万円ほどの追徴税額を支払うはめになりました。「こんなに払うことになるなんて……」Aさんは後悔してもしきれません。

税務調査が終わり、調査官が帰ると、青ざめた母は「だから素直に申告しようと言ったのに!」と号泣。すぐにきょうだいの耳にも入り、泥沼の相続トラブルに発展していくこととなったのでした……。

近年、国税庁は「海外資産」の把握を強化

世界には相続税がない国も

日本では、人が亡くなったときに最高55%の相続税がかかりますが、世界に目を向けると、カナダシンガポールオーストラリアなど相続税がない国もたくさんあります。また、相続税がかかる国でも、日本ほど相続税率が高い国はほとんどありません。

そのため、日本の富裕層は「相続税のない国に財産を移しておこう」と考え、あらかじめ海外に資産を移す動きが見られていました。

しかし、2011年2月に最高裁判決が出た「武富士事件」をきっかけに、国税庁によりこの動きに待ったがかけられたのです。

それまでは「受贈者の住所と贈与された財産どちらも海外にあれば、贈与税は課されない」となっていましたが、改正により海外に10年以上いないと海外財産にも課税することとなったのでした。

また、今回の事例のように、亡くなった人と相続人の住所が国内にある場合、日本国内にある財産だけではなく海外にある財産もすべて相続税の課税対象となります。

このほか、2014年に創設された「国外財産調書制度※1」をはじめ、2015年の「国外転出時課税制度※2」、2017年の海外非課税規定の見直し、2018年の「共通報告基準(CRS)に基づく自動的情報交換制度※3」導入など、「海外資産」に対する制度が次々と作られています。

※1 国外財産調書制度……海外に5,000万円以上財産のある人は、税務署へ報告する制度。

※2 国外転出時課税制度……「出国税」ともいう。1億円以上の有価証券を持つ個人が海外に移住する場合、所得税が課される制度。

※3 共通報告基準(CRS)に基づく自動的情報交換制度……日本人が海外で口座を開設すると、海外の税務当局から日本の税務当局に情報提供される制度。CRSとは“Common Reporting Standard”の略。

2022(令和4)年の国外財産調書の提出件数は1万2,494件、海外総財産額は5兆7,222億円と提出件数・総財産額とも過去最高で、令和4事務年度は日本居住者のCRS情報を約253万件(個人口座約250万件、法人口座約3万件、その額あわせて16.4兆円)を95ヵ国・地域の外国税務当局から受け取っており、税務当局は日本人の海外財産に目を光らせていることがわかります。

財産の所在国で相続税がかかった場合は…

国によって取り扱いが異なりますが、外貨預金がある場合その財産の“所在国”で相続税がかかる場合もあります。

この場合には、二重課税を防ぐため、日本で相続税の申告をする際は海外で払った相続税を「外国税額控除」として、一定額を日本の相続税から減額できます。

「海外資産」も税務調査でバレる…正直に申告を

今回のケースでAさんは、「バレたら申告すればいい」という安易な考えで申告したところ、財産を隠ぺいした悪質なものであるとみなされ、海外預金に対する相続税のほか、その相続税に対する重加算税(35%)が課せられることとなりました。

重加算税と判断された場合、配偶者控除の適用も受けられませんし、延滞税の限度(最大1年間)も適用外となるため、2年前の申告であれば2年分の延滞税がかかります。

相続税を少なくしたい」という気持ちとは裏腹に、税負担は当初の額よりはるかに重いものとなってしまいました。

相続税の課税対象は国内財産だけではなく、海外にある財産もすべて対象となります。近年国税庁は海外への財産の把握について強化しているため、安易にバレないだろうと申告に含めずに行うと、意図的に財産を隠したとされたとして、重いペナルティを受ける可能性があります。

また海外財産がある場合、手続きに時間がかかる場合がありますので、相続税の申告準備は早めに行いましょう。

宮路 幸人

多賀谷会計事務所

税理士/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)