夜のことばたち
『夜のことばたち』(ダイアナ/彩図社)

 生きていると、心のずっと奥にある言葉にならない感情に苦しめられる日がある。なぜ、こんな苦い思いをしなければならないのか。どうして、よく知りもしない人が私の価値を決めてくるのだろう。

 そんなモヤモヤで心が潰れそうになった時、今の生き方をそっと肯定してくれるのが『夜のことばたち』(ダイアナ/彩図社)だ。本作にはX(旧Twitter)で総インプレッション10億回超えとなったショート漫画を収録。キャバ嬢や風俗嬢など、主に夜の世界を生きる女性のリアルな日常と本音が描かれている。

 そう聞くと、昼の世界で生きている人は共感しにくいのではないかと感じるかもしれない。だが、本作には日常の中で抱く、口に出したいけれど絶対、相手には言えない気持ちもリアルに描かれているため、どんな世界で生きている女性にも響く。

 例えば、ある女性は生まれ持った骨格に整形の限界を感じ、ダイエットと二重手術だけで綺麗になった女性に強い嫉妬心を向ける。また、ある女性は街で美人とすれ違った時、同じアイテムを身に着けていると、強い羞恥心が込み上げてきて、「捨てたい」とすら思ってしまう。このように、他者からしてみれば些細なことのように思われやすいが、当人にとっては大きな苦しみとなる痛みが多数描かれているため、「これは私の日常だ」と思えるのだ。

 収録作の中で、特に心に刺さったのが、壮絶ないじめを受けたことから、ブスであるがゆえのデメリットは計り知れないと思うようになったエリの物語である。

 自分の顔に強いコンプレックスを抱いたエリは、苦しい胸の内を親に吐露。しかし、「顔のせいにするのは甘え」と一蹴されてしまう。

夜のことばたちp40-41

夜のことばたちp40-41

 深く傷ついたエリは会社員になると嘘をつき、高校卒業と同時に上京。風俗で整形費用を貯め、自分のことが少しだけ好きになれる顔を手に入れた。

 その後、久しぶりに実家へ帰郷。すっかり老いて小さくなった母は娘の顔を見て、絶句。エリはかつて、自分の痛みを理解してくれなかった母を傷つけたくなり、風俗で働いていたことや整形手術で感じた痛みを赤裸々に伝える。

 すると、母は涙を流して娘のこれまでを受け止め「最初から可愛く産んであげられなくてごめんね」と、ようやくエリが欲しかった言葉をくれた。だが、その言葉を受け、エリの心に込み上げてきた思いは、とても切ないものだった。

“この世の人間みんな優劣のない同じ顔なら良かったのに それなら母も私もこんな思いをせず 人生を楽しく生きられたのに”(P45/引用)

 この世界に生きている人が、みんなのっぺらぼうだったら本当の愛はもっと見つかりやすい気がする。そう、私自身も10~20代の頃に悩んだことが何度もあった。

 当時と比べ、SNSが盛んな今は、より自他の外見に対して様々な思いを抱くことだろう。そうした苦しみを消すことは難しいが、どうか「理想の私」になれない自分を責めないでほしいと、同じ悩みを抱えた者としては思うのだ。

 なお、本作にはもうひとつ、筆者が心を激しく掴まれた作品がある。それは、キャバ嬢みいちゃんのエピソードだ。かわいくて天然なみいちゃんは、いつもニコニコしており、客やスタッフから大人気。しかし、同棲している無職のヒモ彼氏からDVを受けており、幸福とは言えない暮らしをしていた。

 周囲が別れを勧めても、小学生レベルの漢字すら読めず、お金の計算もできないみいちゃんは自分が悪いのだと繰り返すばかり。

夜のことばたちP140テキスト

 その後、みいちゃんは彼氏が手を出した闇金の返済を肩代わりし、悪条件の風俗で働くこととなってしまった。この世には悪意を持って他人を搾取しようと企む人が、たしかにいる。そして、そうした人から身を守り、幸福な生き方をしていくのには最低限の学力や思考力が必要であるということを、みいちゃんのエピソードは教えてくれる。

 様々な事情で、みいちゃんと似た状況に陥ってしまった人は一体、どうすれば幸せな道への一歩を踏み出せるのだろう。つい、そんなことを考えてしまう。みいちゃんの人生は作者のXで、ひとつの物語としてより詳しく描かれているので、そちらも要チェック。きっと、衝撃の展開に驚かされるはずだ。

 パパ活女子生存戦略や風俗嬢の出稼ぎ事情、メンズエステにいる痛客など、知らない世界にある苦しみに気づくきっかけにもなる本作、ぜひ様々な立場の人に読んでほしい。

文=古川諭香

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