陰陽師
陰陽師』(夢枕獏/文春文庫)

 夢枕獏の『陰陽師』と言えば、安倍晴明を一躍有名たらしめた小説である。1巻から18巻まで刊行される人気シリーズで、累計670万部を突破。2024年ゴールデンウィークに、安倍晴明生誕1100年記念として『陰陽師0』という新作映画の公開を控えている。1988年の単行本発売から30年を超え、今回、私が読んだ文庫はまさかの64刷! 脅威のロングセラーだ。

 平安時代、闇が闇として残っていた時代。人のみならず、鬼やもののけが住んでいた京都で、安倍晴明は陰陽寮に属する陰陽師である。親友の源博雅と力を合わせて(時に振り回し?)、不可思議な出来事を解決していく。1巻にあたる『陰陽師』(夢枕獏/文春文庫)は短編集で、計6本収録されている。

平安ファンタジーの源流のような作品

 今回、実は初めて読んだのだが、なんというか「読んだことがある」という感覚がずっとあった。というのも、あらゆるフォロワーを作り出した伝説級の作品なだけに、きっと私はすでに「夢枕獏陰陽師のエッセンスがある陰陽師」にどこかで触れたことがあったのだろう。

 おどろおどろしさや物哀しさ、時には少し艶めいた安倍晴明の怪異退治は、京都を訪れたときふと感じる不思議な空気をありありと描き出す。安倍晴明の記念すべき初登場の「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」では、今昔物語が引用されたり、蝉丸が登場したり、歴史の勉強や百人一首に触れていた人などは懐かしく感じるかもしれない。

映画でも描かれる主人公・晴明と相棒・博雅の関係性

 浮世離れした安倍晴明とは対照的に、晴明の友人・源博雅はやや無骨な、かなり普通の人間である。もったいぶりがちな晴明と、素直にたずねる博雅、シャーロック・ホームズワトソンのようなこのふたり、良いバディである。

 晴明は土御門大路の広い屋敷に住む。博雅が訪れると、迎えてくれるものはいるが、大抵は晴明が使役する式神であり、人の姿は見かけない。そんな暮らしをする晴明の、俗世とのつながりを持ち込み・保つ役割を、博雅は担っているのではないだろうか。

 1巻の最後に収録されている「白比丘尼」では、広い屋敷に人の気配がないことを淋しくないかと博雅がたずねる。晴明は、

「それは、淋しくもあろうよ。人恋しくもなろうさ」

 と答える。しかしその様子はまるで他人のことについて話すようで、さらに、

「しかし、それは、この屋敷に、人がいるとか、いないとか、そういうこととは関係がないぞ」

 と続ける。

「ではなんだ」 「人は、独りよ」 「独り?」 「人とは、もともとそういうものだ」 「人は、もともと、淋しく生まれついているということか」 「そういうところだろうよ」

 人は独りだと理解している晴明は、博雅を屋敷へと受け入れ、共に酒を飲むことを楽しんでいる。その様子が、晴明をスーパーヒーローなだけではない、魅力的な人物に作り上げているのだろう。

珠玉の青春物語でもあり、晴明と博雅の関係性には本当に落涙してしまいました。ご覧いただければ二人の関係はここから出来上がったのかとわかると思います。

 ちなみに、映画公式HPの原作者コメントを読む限り、今回の映画ではこのふたりの関係性もフィーチャーされるようだ。

映画の予習にもおすすめ

 今回、1巻を読んでみて、続きも読んでみたくなった。きっと、読んだ人の多くがこう思って、シリーズは連綿と続いてきたのであろう。

 映画、舞台、アニメ(2023年にネットフリックスで初のアニメ化がされた)とさまざまにメディアミックスされてきた『陰陽師』。最新技術によって、晴明の術が、スクリーンでどのように現れるのか。原作を読み進めながら待つのも、きっと楽しい時間だ。

文=宇野なおみ

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山﨑賢人主演・安倍晴明の生誕1100年の記念映画『陰陽師0』。鬼やもののけが住んでいた京都で繰り広げられる怪異退治物語