迷惑客と犯罪者は紙一重であり、「迷惑」が行き過ぎると「犯罪者」になってしまう。頻繁に東京地裁に出入りをする筆者は、これまで様々な「迷惑客」の裁判を傍聴してきた。そんななかも耳を疑った、コインランドリーの迷惑客”の裁判を傍聴したことがある。

コインランドリーで「大便を撒き散らした男」

 初公判は2022年3月、東京地裁で開かれた。被告人は60代の男性A。詐欺や器物損壊行為を繰り返し、なんと前科16犯。

 起訴状によると、Aは2021年12月中旬の早朝、東京都中央区コインランドリーに正当な理由がないのに侵入し、店内フロアで大便を排泄。そして汚物を店内設置のモニター3台に塗り、合計約15万円の損害を与えた。

 建造物侵入・器物損壊事件の罪に問われたAは、公判で起訴事実を「間違いないです」と認めた。

◆店はまったく関係ない犯行動機

 検察官の冒頭陳述によると、犯行の動機は「苛立ちを解消するためだった」とのこと。公判で読み上げられたAの調書には「他人から、からかわれていると思い、苛立ちを解消するために犯行をした」と記されていた。

 検察官は、Aの犯行日時について注目していた。実は、この犯行は1日だけでなく2日間にわたって行われ、そして3日目、入店しようとしたところを張り込んでいた警察官が発見、逮捕されたのだ。

 検察官が読み上げた従業員の調書によると、「店内には尿が入った紙コップがあった」、「防犯カメラの映像を確認すると、50代~60代の男性が入店した後に店内で排泄をしていた」とのこと。また、「汚物が取れず、モニターを交換した」とのこともあって被害総額が約15万円と高額であり、厳罰を望んでいた。

◆被告人質問の内容

 2022年4月の第2回公判では被告人質問が行われ、弁護人から犯行の動機について細かくに質問されていた。「なぜイライラしていたか」という問いに対し、Aは「(裁判所の)清掃員やガードマンなどがブログに事件の内容を細かく書いたから」と回答。

 前科16犯ともなると、Aはこの裁判以前にも数多くの裁判を経験してきている。過去の事件について、裁判で語ったことを詳しくブログに書かれたことが苛立ちの原因だったようだ。

 直後に気を取り乱し、小言を述べはじめたことから、裁判官は落ち着くように諭していた。

 続けて弁護人から、被害店舗に対しての謝罪の気持ちについて質問されていた。

弁護人:被害店舗に対してはどう思うか。

被告人:申し訳ないと思っています。

弁護人:弁償はできているのか。

被告人:いいえ。それは出てきてから返したいという気持ちはある。

◆検察官からは「大便をモニターにつけた理由」を問われ…

 一方、検察官からは厳しい質問もあった。

検察官:大便をモニターにつける行為でイライラは解消できるの?

被告人:それはやっぱり……変わっているというか……。

 今回は2日間にわたって同じ店舗で犯行に及んでいることから、このことについて検察官は強く追及した。

 その後、裁判官からも詳しく聞かれていたが、終始被害店舗に対する「恨み」については否定。Aによると、店舗を選んで入ったわけではなく、「たまたま、そこに入ってしまったんです」と語った。

 裁判官からの質問では、今後の社会復帰についてAは「(刑務所を)出てから精神科に行って、やり直したいと思っています」と回答。

 最後に裁判官は、「今回の行動は、すごく人に迷惑なことをしたということはわかっていますね?」と聞くと、Aは「はい」と答え、「本当に最後にしないと、次は長期間、刑務所に行くことになりますからね」と厳しい口調で諭し、被告人質問が終わった。

◆この裁判の結果は…

 検察官は論告で、「本件は常習的かつ店舗内で排泄するという不快な犯行、被害額も約15万円と高額であり、被害弁償もされていない」と指摘。さらに、「苛立ちを解消するためという動機は自己中心的な行為であり、Aは再犯を繰り返している」と断じ、懲役2年6ヶ月を求刑した。

 一方で弁護人は、Aの犯行当時の精神状態、器物損壊も凶器を使っておらず粗暴的な犯行でないこと、Aが被害店舗へ反省文を書いたことや過去に「軽度精神遅滞」と診断されていたことなどを主張し、寛大な処罰を求めた。

 結局のところ、2022年5月の判決公判で懲役1年10ヶ月の実刑が言い渡され、Aは刑に服した。

◆Aはホテルのテレビに尿をかけたことも

 Aは前科16犯、迷惑行為や詐欺行為など再犯をし続け、刑務所と社会の往来だったという。さらには、直近の前科には本件と同様に自身の排泄物を他人の物に塗りたくるという器物損壊事件も起こしていた。

「彼は、これまで山口県内での詐欺事件など様々な犯罪を行ってきたようです。そして出所後、安いビジネスホテルを利用していたようですが、必ずトラブルを起こし、ホテルを次々に変えていたところで事件は起きました」(法律関係者F氏)

 その事件とは、2019年にAが神奈川県内のホテルに宿泊中、部屋に設置されていたテレビに自身の尿をかけ汚損させたという器物損壊事件。その後、逮捕・起訴され、裁判で懲役10ヶ月の実刑判決を言い渡され服役した。出所後は、別事件を起こすなどして、今回の事件に至った。

◆警備法廷で行われた意外な理由

 この裁判は、東京地裁の「警備法廷」が使用された。「警備法廷」とは、芸能人や活動家、暴力団関連の事件など“暴動”を想定し設けられた特別な法廷であり、傍聴人らはノートやポケットティッシュの中身までチェックされるほどに厳重な手荷物検査を通過しなければ入廷できない。

 では、なぜ今回の裁判が警備法廷が使われたのか。実は、Aは“傍聴マニア”だったからなのだ。

「彼は、刑務所を出ると、まっしぐらに東京地裁に戻ってきます。顔見知りの仲間や、親密な交友者がいるからでしょう。加えて、東京地裁には、学生などの一般傍聴人がやたら多いです。学生などに話しかけて、事件や法律のウンチクでも言えば『へえ~、よく知ってますね~』と褒められる。このことは彼にとっては無上の喜びなのでしょう」(前出のF氏)

 筆者も高校生のころは、よくAに声をかけられていた。学生が一人で傍聴しているからか、マークされたようだ。

◆「お騒がせな傍聴マニア」ということは周知の事実だった

 それだけではない。Aは裁判所内で警備員や一部の傍聴人に罵声を浴びせかけるなどしており、トラブルから警察が駆けつけることもあった。裁判所職員からは、お騒がせな傍聴マニアとして目を付けられていたために、「警備法廷」という措置になったようだ。

 それゆえに、Aが姿を消したことはすぐにわかってしまう。そして数年後、再び現れては、姿を消す……。これの繰り返しである。

コインランドリーの迷惑客”は、“裁判所の迷惑客”でもあったようだ。

取材・文/学生傍聴人

【学生傍聴人】
2002年生まれ、都内某私立大の法学部に在籍中の現役大学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。