生成AIやブロックチェーンなど革新的な新技術が誕生する一方、災害時に広がる「偽情報」や社会を混乱に陥れる「サイバー攻撃」といった問題も日々勃発し、インターネットは大きな転換点を迎えようとしている。世界のインターネットの最前線では何が起きており、これからどこへ向かおうとしているのか――。2023年9月に書籍『教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」』(日経BP)を上梓したインターネットイニシアティブ(IIJ) 取締役副社長・谷脇康彦氏に、インターネットが直面している課題と、その先にある新たな社会像について話を聞いた。(前編/全2回)

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■【前編】有事に飛び交う偽情報、IIJ谷脇副社長が語る「ネットの混沌」の行く末(今回)
■【後編】日米欧が「NO」を突き付けた、中国が提案する新たなインターネットの仕組み

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コロナ禍で明らかになった「実はデジタルが浸透していなかった分野」

――著書『教養としてのインターネット論』の冒頭で、新型コロナウイルス感染拡大に伴う社会変化やウクライナ紛争によって、「デジタル技術の進化」と「新たな課題」が浮き彫りになったと述べられています。具体的には、どのような進化と課題が見られたのでしょうか。

谷脇 康彦氏(以下敬称略) 新型コロナウイルスの感染拡大時には、感染防止のためにステイホームが呼びかけられるなど、これまで想像もしていなかったような世界が現実のものとなりました。しかし、そんな中でもテレワークが普及し、私たちは何とか社会活動を継続させることができました。

 では、インターネットがなかった100年前に流行したスペイン風邪の時はどうだったかというと、ただ家にこもることしかできなかったわけです。これは、コロナ禍でインターネットが現代社会の発展に寄与したわかりやすい例だと思います。

 一方で、デジタル化が進展しているはずの分野において、実は思ったほど浸透していなかった領域も浮き彫りになりました。その一例が「オンライン診療」です。

 医療がひっ迫する中、政府はオンライン診療を積極的に活用しようと打ち出したものの、大半の人にとってオンライン診療の利用経験がなかったことから、思ったように普及しませんでした。

 また、速やかな対応が求められた特別定額給付金の支給についても、すでにマイナンバー制度ができていたにもかかわらず、他国と比べて大幅な時間を要してしまいました。このように、デジタル技術が進化する一方で、その活用にあたってはさまざまな課題が露呈しました。


 

有事に存在感を増す「ファクトチェック機関」

――ここ数年で世界の経済情勢が一変した要因として、ロシアウクライナ侵攻も挙げられます。デジタル技術の進化は、国家間の紛争にどのような影響を与えたのでしょうか。

谷脇 ロシアによるウクライナ侵攻は、リアル攻撃(武力行使)とサイバー攻撃が同時進行する「ハイブリッド戦」が展開された最初の大規模な紛争だといえます。2022年2月の軍事侵攻が始まる以前から、水面下ではさまざまなことが起きていました。

 米グーグルが公開したレポート*1によると、ロシアウクライナへの武力攻撃を始める1年ほど前からサイバー攻撃を開始しており、電力や通信といった社会インフラをデジタル上から停止させようとしていました。同時に、社会を混乱させる狙いで大量の偽情報が拡散されており、平常時から非常時(戦闘状態)への移行がわかりづらい状況が続いていました。

 コロナ禍とウクライナ紛争から見えてきたのは、どんな出来事もデジタル技術やサイバー空間の占める割合が大きくなり、もはやリアルとサイバーの世界が一体化しているという事実です。同時に、デジタル技術の進化によって「新たにできるようになったこと」、できているはずなのに「実際はできていなかったこと」が浮き彫りになり、これまでには見えていなかった課題が明るみに出てきた、という状況が見受けられます。

――本書では、偽情報が社会の混乱を招くことの深刻さについても述べられています。

谷脇 2024年には、日本国内でも偽情報がますます社会問題化するはずです。だからこそ、「いまインターネットの最前線で何が起きているのか」という世界の動向を注視する必要があります。新たに起こったパレスチナ紛争における偽情報の量はウクライナとは桁違いです。現地では何が起きているのか、極めてわかりづらい状況になっています。

 そうした中、世界で大きく注目されるようになったのが「ファクトチェック機関」です。代表例として、ベリングキャットという非営利団体が挙げられます。ベリングキャットはインターネット上に偽情報が流れると、あらゆる関連情報を隈(くま)なく分析して、それが偽物かどうかを評価して公表しています。

 2019年に行われた欧州議会選挙でも、ロシアが偽情報を流して世論を誘導することが懸念されていました。そこで、欧州委員会はIT企業と自主的な協定を結び、偽情報に対しての対処法を取り決めて、国と民間が共同で一つのルールを運用する「共同規制」という動きが新たに生まれてきて、一定の成果を挙げました。

 2024年はアメリカの大統領選挙ほか多くの国で重要な国政選挙を控えているため、偽情報やファクトチェック機関に関わる世界の動向を注視する必要があると考えています。

*1.  ウクライナ侵攻に関連したサイバー脅威に関するレポート「戦場の霧: ウクライナでの紛争はサイバー脅威の状況をどう変えたのか(Fog of War :How the Ukraine Conflict Transformed the Cyber Threat Landscape.)」

サイバー空間からのフィードバックを生かし、社会課題を解決する

――デジタル技術がもたらす正負の両側面が見えてきたわけですが、今後、どのような社会が訪れると考えればよいのでしょうか。

谷脇 デジタル技術を用いて実現しようとしている社会像として、「データ駆動社会」が挙げられます。これは、現実社会においてさまざまなモノにセンサーを設置してデータを収集し、膨大な量のビッグデータをサイバー空間上に蓄積・解析することで、社会課題の解決に役立てるというものです。

 たとえば、工場の稼働状況や渋滞情報、人の流れなどのデータをAIによって解析し、解析結果をリアル社会にフィードバックすることで、新たな価値創造や問題解決につなげることができます。

 コロナ禍を例に挙げると、ステイホームが強く呼びかけられたときには「人流データ」の収集と解析、開示が進められました。その際にはスマートフォンの位置情報を収集した上で匿名化し、ビッグデータの解析結果を公開することで、「渋谷は人出が多いようだから、今日は買い物を控えよう」といった行動変容を生み出しました。

――「データ駆動社会」の実現が産業分野にメリットを与える例は他にありますか。

谷脇 いくつかの例をご紹介します。一つは、農業における活用です。日本の農作物の品質は非常に高い一方で、農家の平均年齢は68歳に達しています。「優れた栽培ノウハウをいかにして継承していくか」は大きな社会課題です。

 そこで、米づくりの現場ではすでにIoTの活用が広まっており、長年の知恵と経験、勘によって調整を行っている水温、水量等の管理をデータとして記録し、ビッグデータを解析することで稲の生育に最適な環境を数値化しています。これまでノウハウという暗黙知だったものを、誰もが理解できる形式知に変えようとする試みです。

 自動車交通の分野でもデータ活用が進められています。ホンダは約3秒に1度、公道上のホンダ車のアクセルブレーキ、ハンドルの動きを収集することで、「急ブレーキが踏まれることが多い地点から、事故につながる危険がある場所を特定する」という取り組みを行っています。これにより、危険がある地点では「注意を促す標識を立てる」「草を刈りこんで視界をよくする」といった具体策につなげ、交通事故の発生率を低下させることが可能となっています。

 介護・医療現場においては、インターネットイニシアティブIIJ)が提供する職種を超えた情報共有プラットフォーム「電子@連絡帳」が活用され始めています。一人の高齢者の介護には、医師、看護師、ケアワーカーなどさまざまな職種が関わりながら見守りを行っています。

 かつて、各職種間での情報共有はノートとFAXで行われていましたが、それぞれの立場から見た高齢者の個々の様子を記したり、ほかの人に伝えたりすることは手間がかかりました。そこで、スマートフォンやタブレットを使用した情報共有プラットフォームを利用することで、高齢者の情報を素早く効率的に共有し、状況に合わせたきめ細かな見守りを行う取り組みが広まりつつあります。

 さらに、平常時からさまざまなデータを活用できるようにしておくことが災害などの有事に役立つこともわかっています。たとえば、ITS Japanでは災害時の車の通行実績データを収集・表示できる仕組みを構築しており、「日頃は自動車の交通がある場所に、発災後は通行実績がない」とわかれば、その先の地域が孤立状態にある可能性があるとわかります。

 また、介護・医療分野では、「人工呼吸器をつけている患者の情報」を先ほどのプラットフォーム「電子@連絡帳」の上で共有していれば、停電時に速やかにバッテリーを届けに行く、といった措置をとることも可能となります。

「データ駆動社会」が実現すると、データは社会のさまざまな課題を解決するための資産となります。情報がますます大きな意味をもつことを踏まえて、多くの事業者の方にデータ活用を進めていただきたいと思います。

【後編に続く】日米欧が「NO」を突き付けた、中国が提案する新たなインターネットの仕組み

■【前編】有事に飛び交う偽情報、IIJ谷脇副社長が語る「ネットの混沌」の行く末(今回)
■【後編】日米欧が「NO」を突き付けた、中国が提案する新たなインターネットの仕組み

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インターネットイニシアティブ(IIJ) 取締役副社長 谷脇康彦氏(撮影:木賣美紀)