2023年まで抑制気味だったM&A取引活動ですが、今年に入ってから明るい兆しが見えてきました。未だディールメーカーの動きは慎重であり、量よりも質を重視するなど選択的になっていますが、それでも新たな動きが見て取れます。※本記事は、Datasite日本責任者・清水洋一郎氏の書き下ろしです。

M&A取引活動、今後1年はチャンスも

資金調達コストの逼迫、不安定な市場、新型コロナウイルス感染症の長期的な影響により、昨年のM&A取引活動は抑制されました。

取引完了までにかかる時間の平均こそ長くなりましたが、今後1年はチャンスがあります。年間約1万4,000件の新規取引を促進しているDatasiteでは、開始された新規グローバル取引の数が2023年下半期に前年同期比で6%増加しました。これらは公表されたものではなく初期段階の取引であるため、今後の状況を示すよい指標といえます。

確かに、ディールメーカーは慎重に取引を進めています。量よりも質を重視し、より選択的になっています。これは、Datasiteでの2023年の取引完了率が49%から45%に低下していることからも明らかです。取引のデューデリジェンスプロセスがより長く、より徹底したものになっているためです。それでも、2024年になって若芽が出始めています。

南北アメリカ…高金利の影から抜け出せるか?

2023年の南北アメリカ地域の取引金額と取引量はともに減少しましたが、投資資本の総額は2023年の第1四半期以降、四半期ごとに増加しました。さらに、イグジット量の増加によりさらなる投資のための資本が解放されるため、ディールメイキングが増加する可能性があります。

企業は資本を撤退させる速さの2倍の速さで資本を投資したため、米国におけるエントリーとイグジットの比率はおよそ2:1でした。PEファンドは投資家に現金を返し、投資家の将来を確保するために、この手つかずの問題を解消する必要があります。

借入金利がどうなるかに左右されるとはいえ、この現象により、流動性イベントや分配金を提供することで投資家を引き留めておきたいスポンサーから安定した取引が供給される可能性が高いといえます。PEファンドは相互に大きく依存しており、セカンダリーバイアウトがイグジットの主な原因となっています。金利が低下すると、スポンサーは買収意欲を高め、同業他社のポートフォリオを取引の対象にしようとします。

2024年のその他のトレンドとしては、AIと暗号通貨が技術革新を牽引し、TMTテクノロジー・メディア・テレコム)セクターでのM&Aが促進されそうです。

EMEA…ECBの政策でM&Aが促進される可能性

金融引き締め政策が続いたあと、ヨーロッパ・中東・アフリカ(EMEA)地域の取引市場も実を結ぶ準備が整いました。インフレは2023年初頭から低下傾向にあり、この地域における景気後退のリスクは減少しているようです。欧州委員会も、域内の2023年のGDP成長率の見通しを0.8%から1.0%に、また2024年については1.6%から1.7%に、それぞれ上方修正しました。

世界銀行の予測によると、中東・北アフリカ(MENA)地域の成長率は、湾岸協力会議諸国が原油価格の高騰で棚ぼた的利益を得たため2022年に6%の拡大を見ましたが、2023年には1.9%まで著しく減速するとのことです。それでも、外国投資家は世界のこの地域への関心を高めています。

APAC…中国の不動産市場の落ち着きがM&A回復に貢献

中国の不動産市場の是正は、APAC地域のディールメイキングに多大な影響を与えるでしょう。金利引き下げや銀行の預金準備率引き下げによる信用状況の緩和を含め、このセクターを安定させるための中国政府の措置は、依然としてAPAC地域のディールメイキング大国である中国の民間部門の投資の増加に拍車をかけると予想されています。

2024年において、APACの膨大な製造能力を過大評価することはできません。I&C(工業・化学品)セクターは、このセクターが他のどの産業よりもリードしている中国と韓国の2つの市場でのみ、M&A手続きで支配的になると予想されています。

TMTセクターはI&Cとほぼ互角であり、東南アジアインド、日本におけるM&A活動の主要な供給源となる見込みです。APACのデジタルインフラストラクチャ分野は、2024年も引き続き豊富な取引フローの供給源になりそうです。

インドの第2四半期GDPが7.6%という好況を示していることから、世界の投資家はインド市場の潜在力への関心を高めています。他の東南アジア諸国も、製造能力の拡大、家計収入の増加、テクノロジー導入の増加に後押しされて、急速に追い上げています。

清水 洋一郎 Datasite 日本責任者

(※写真はイメージです/PIXTA)