コミックの映像化やドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は尾添椿さんの漫画「祖父から聞いた満州と戦争の話」を紹介する。作者である尾添椿さんが1月16日にX(旧Twitter)に本作を投稿したところ、5.5千件を超える「いいね」を寄せられ、重く苦しい戦争の話から得た気付きが大きな反響を呼んだ。本記事では尾添椿さんに、作品のこだわりなどについてインタビューをおこなった。

【漫画】満州事変を経験した祖父の話で気づく“遺伝”の恐怖…

■尾添さんが祖父さんから聞いた、“受け継がれる”傷の話

尾添さんの祖父は、満州建国の際に従軍していた。停戦協定の後に帰国して療養していたが、入院してから様子が一変。体調は安定しているものの、心に深い傷を負ってしまっていた。寝込むようになってしまった祖父は、昔の話を尾添さんに語ってくれたという。

満州での生活では暴力が横行しており、環境になじもうとした祖父も心を壊してしまう。帰国しても心身ともにボロボロだったという祖父は、生まれ育った場所から離れて大工に転職。やがて第二次世界大戦終結を迎えるのだが、PTSDを発症して「祖母がブン殴って止める」まで長男に暴力を振るうようになってしまったという。当時はPTSDという病気もまったく知られていない頃。祖父は尾添さんの父にも大きな火傷を負わせるなど、自分ではどうにもできない闇と戦い続けた。

やがて入院中に大きな発作を起こすことも多くなり、亡くなってしまった祖父。尾添さんは祖父が残したメモに書かれた「ニゲタイ」という言葉を見ながら、「トラウマという最強の殺し屋は祖父を逃がさなかった」と述懐する。しかし同作を描きながら、尾添さんはふと自分の家族を振り返る。すると恐ろしい符合が見えてきて…。

痛ましい祖父の話と尾添さんの結論に、SNSでは「全人類が読んでおく内容のような気がする…」「戦争の傷跡が今も形を変えて存在してる」「戦争の負の連鎖が現代にまで繋がってるんだな」といった声が相次いでいる。

■他の家族には話す事のなかった満州の話を尾添さんが聴いた理由は…

――本作を創作したきっかけや理由があればお教えください。

昨年度末に戸籍謄本を取る機会がありました。その時に両親の名前が目に入って、分籍時(生きるために毒親から逃げました。参照)に戸籍謄本を確認したこと、私の家にも祖父母の世代が存在したことを漠然と思い出してみたら祖父が話してくれたことを半分くらいしか覚えていないことに気付いて「忘れないうちに描こう」と思ったことがきっかけです。

エッセイ漫画家として活動しているので、取材で色んな方の毒親家庭の話を伺う機会があります。話を聞きながら掘り下げてみると、親が酷い時代を経験した人だったという事実が本当に多くて。

虐待が連鎖する理由のひとつに、トラウマケアの有無があるんじゃないかと思いながら描きました。

――本作を描くうえでこだわった点や、「ここを見てほしい」というポイントがあればお教えください。

祖父の話を今まで覚えていた理由です。

PTSDの症状は多岐にわたりますが、祖父のように記憶に蝕まれ衰弱していくこともあります。

トラウマという最強の殺し屋」という表現は、私が好きなアーティストのレディー・ガガMarry the Night」のMVで用いられた表現です。

――おじいさんから満州の話を聞いたのは、尾添さんだけだったのでしょうか。

孫の中では私だけのようでした。

祖父の子供である父親も叔母たちも戦争経験者、特に父親が産まれた時は満州が存在していたことも踏まえると、多感な思春期に戦後の空気とPTSDを患った親たちばかり、心療内科の概念が存在しない時代を思うのはつらすぎる。

戦時中のことを誰も話さないのもそりゃそうだと。祖父も、孫の中で唯一平成の時代に産まれた私に話した意味が何かあるのかなと感じます。

――おじいさんの言葉を聞いていたとき、まだ小さかった尾添さんがどんな気持ちだったのか思い出せますか。

当時から本を読んだり映画を見るのが好きで、長い話に慣れていたのもあって「おじいちゃんの話、映画みたいで面白いな」が一番大きい気持ちでした。

祖父の語り口は淡々としていて、真昼間にベッドで寝ている老人のそれではなかったことも記憶に焼き付いています。誰かの話を聞くとき、一度まず話半分で聴く姿勢が身についているんです。

取材で毒親サバイバーの方から家庭のあらゆる酷い話を聞いても平気なのは、祖父がきっかけであると同時に、祖父の話を最初から真に受けて聞かなかったせいだな、とも思っていて。

死の直前まで祖父は何かに怯えていたこと、その「何か」は大人になればなるほど鮮明になって色んなことに納得がいったんです。

弱ってから亡くなるまでが異様に早かったことも、子供ながらに「あの話は確かだ」と思わせるには十分でした。

――同作はSNS上で大きな反響があったと思います。特に印象的な感想などがありましたら、教えてください。

「大人の責任を子供が負うだけじゃない。他人に同情できなくなったら戦争は始まっている。酷いことは国民の余裕をなくしてから起きるもんだ。急に世の中が変化したら気を付けろよ」という言葉への共感が多かったことです。

余裕がないというのは、真綿で首を絞める恐ろしさがある。共感が多いということは、世の中は既に変化していて、余裕もなくなってきて、衣食住があるから大丈夫じゃない時代になったのだと思いました。

「自分の先祖も満州にいた、そこでの出来事を話そうとしなかった。けれど、少しだけ話してくれた内容と照らし合わせると、こういうことはあったんだと思う」という感想が多かったことが、祖父の言葉をひとつひとつ裏付けしてくれました。

ほかには「事実を分かりやすく描いていると、基本的にみんなに染みていく」という感想があって。

こういうことがあったから、仕方ないじゃ済まない。大人たちが出来ることは考えること以外にも、沢山あると思いました。

――今後の展望や目標をお教えください。

今後も漫画を描き続けていくこと、漫画から繋がることにも積極的になりたいです。

1月22日に『それって、愛情ですか?』が発売となりました。たくさんの方に読んでいただけるよう漫画を描いてまいります。

――作品を楽しみにしている読者へメッセージをお願いします。

よく「この世から毒親を残らず消すまで漫画を描き続ける、地獄に夜逃げさせない」と言ってるんですが、私がそう言えるのは地獄から生還して無事だからだなと最近自覚しました。

その地獄を取り巻いていて、一番奥にあるのはなんだ?って追っていくと行きつくのは人権なんです。毒親家庭を取材し探っていくと根底に戦争が見え隠れすることがあります。

漫画家の私が描けることがあるはずなので、今後も描き続けてまいります。

戦争で負った心の傷が形を変えて遺伝していく…/画像提供/尾添椿さん