太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の暮らしを丁寧に描いた、こうの史代による漫画この世界の片隅に。生きることの美しさが胸に迫る作品は、映画やドラマなど、様々なメディアミックスがなされてきた。

初のミュージカル化で脚本・演出を務めるのは、『四月は君の嘘』をミュージカル作品にした実績もある上田一豪ミュージカル全編を彩る珠玉の音楽を手掛けるのは、国民的合唱・卒業ソング手紙 ~拝啓 十五の君へ~」を作詞・作曲し、ミュージカル音楽作家として10年ぶりに再始動するアンジェラ・アキ

絵を描くことが大好きな主人公の浦野すず役を昆夏美大原櫻子、すずが嫁ぐ相手の北條周作役を海宝直人村井良大、すずと周作と三角関係になる白木リン役を平野綾桜井玲香、すずの幼馴染の水原哲役を小野塚勇人小林唯がそれぞれWキャストで務める。また、すずの妹の浦野すみ役を小向なる、周作の姉ですずの義姉の黒村径子役を音月桂と、人気と実力を兼ね備えたキャストが勢揃いしている。

製作発表会見には、昆夏美大原櫻子、海宝直人、村井良大平野綾桜井玲香音月桂、脚本・演出の上田一豪が登壇。アンジェラ・アキからのメッセージ動画も届いた。

アンジェラ・アキ メッセージ

最初に上田さんの台本を読ませていただいた時、元々大好きな漫画をこういうふうに舞台化するんだと本当に感動しました。読んだばかりなのに、目を閉じると舞台で作品が繰り広げられる様子が見えてきて、自然にセリフや音が聞こえるくらい、カラフルでわかりやすい台本でした。そこから上田さんと細かく打ち合わせして作り上げ、ワークショップで客観的に聞けた時は本当に感動しました。素晴らしい原作を舞台化する意味を感じられる台本に寄り添える曲を作りたいと思って書きました。稽古でキャストの皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。全国各地でご覧になる皆さんに楽しんでいただけるよう全身全霊込めて作りました。ぜひ楽しみにしていてください。

 

――ミュージカル化にあたって、上田さんが脚本を書くうえで大切にしたこと、演出プラン、見る方に伝えたいことを教えてください。

上田:アニメ、映画など、様々な形で語られている作品です。戦争を描いていながら、日常を暮らす人々の機微、内面が繊細に描いています。それを舞台にするのはすごくチャレンジング。原作にいかに迫るかを考えて構成しました。たくさんの人がご覧になっている作品なので、新しいものをお届けすると言うよりは、主人公の感情の道をどのように舞台上で表現したらより届くのか。“誰かの特別なお話”ではなく、“私たち一人ひとりの物語でもある”ことが届くようにと考えました。「戦時下だからこう、この時代だからこう」ではなく、普通に生まれて死んでいく人間が感じることをただ丁寧に描いていることがわかるように、原作を丁寧に扱いました。セットや衣装の打ち合わせが進んでいますが、演出においても奇を衒ったことをやりたいわけではありません。登場人物たちの感情がしっかり届くように、お客様が耳を傾けたくなるものにしていきたいと思っています。

作品を通して伝えたいことについては、“この世界の片隅”にいる人たちにも人生や物語があり、その積み重ねがこの世界である。忘れがちですが、この物語を通して自分が生きている世界や国のことを少し感じていただける作品になったらと思っています。

上田一豪

上田一豪

――ご自身が演じる役柄について改めて教えてください。また、出演が決まった時の想い、周りの反応はいかがでしたか?

昆:すずさんは不器用であたたかくて可愛らしい人だと思いました。作中で「お前は普通の人じゃ」と言われるシーンがあります。すずさんの「普通」ってなんだろうと考えて、稽古で答えを見つけたいと思っています。すずさんは不器用ながら、一瞬いっしゅんを素直に感じていたんだということを、稽古でより深く理解したいです。

出演が決まった時は素直に嬉しかったのと同時に意外さもありました。日本人役をあまりやったことがなくて(笑)。でも日本の歴史を日本人の感性で作れるのが楽しみです。色々な方から「原作が好き」「楽しみにしている」と言われるので、原作ファンの方の期待にも応えられるように、みんなで作っていきたいです。

大原:どんな困難があっても元気に前向きで、明るくチャーミングな女の子だと思っています。脚本や音楽をいただいた時に涙が止まりませんでした。アンジェラ・アキさんの音楽を聴いた時にミュージカルならではの世界にすごく感情を揺さぶられました。1曲1曲が素晴らしくて、歌える幸せを感じました。周りの方からの反響もすごく大きかったです。

海宝:全てのキャラクターが真に迫ってきて、実在感があります。周作は真面目で愚直な男。不器用で人間臭いところが魅力に感じます。この作品が持つ生々しさや世界観が舞台上でどう立ち上がっていくか楽しみです。多くの方にすごく愛されている作品なので、ミュージカル初演に携われるのは光栄ですし、アンジェラさんの再始動1作目に携わるのも幸せ。すでにワークショップが始まっていて、長い時間をかけられるのは贅沢だと感じます。楽しみですね。

村井:周作を演じるにあたって色々と調べました。周作は良かれと思って行動するけど空振りすることもあるし、すごく大黒柱というよりは家族の中で毎日を実感しながら生きている人間だと思います。愛らしいし憎めないし、とにかく優しい男。本作に出られると決まった時に思ったのは、僕はタキシードやスーツが似合わないので良かったと(笑)。このメンバーの中で和服ならいけると思ったので安心しました。日本オリジナルミュージカルですし、日本を代表する作品にできたらと思っています。

平野:リンはすずが初めて感じる感情を芽生えさせるきっかけになったり、新しい世界が広がったりする要素を与える存在。リンにとってもすずはそんな存在なので、お芝居を通して作品のエッセンスになれるようにしたいなと思います。たくさんの方に愛され、日本はもちろん世界中の方々から注目されている作品です。ミュージカルであるということにも意味があると思うので、こだわりながら進めていけたらと思っています。

桜井:白木リンは貧しい家庭で育ち、色々な事情で売られて、という苦しい過去があり、生きたい気持ちもあるけどどこか諦めていて、でも夢を見ていてと、複雑な気持ちを胸に秘めて葛藤している女性です。これから作っていくにあたって、彼女の感情にもっと向き合っていきたいと思っています。色々なメディアミックスがされてきた作品で、今まで本作に携わってきた方にお会いする機会もありました。その方々に「あまりにもリアルすぎて、自分がどう感情を受け止めたか言語化しにくい作品。すごく悩んだし大変だったけど、かけがえのない財産をもらったからあなたも頑張って」と言われました。今回、しっかりと演じられたらと思っています。

音月:私が演じる黒村径子さんという人は、当時では珍しく恋愛結婚をしていて、家庭的なすずさんとは真逆な、不器用で家事もできない型破りな女性という印象でした。女性の強さ、当時を生き抜いてきた人たちの熱い血のようなものをまとめた役という感覚があり、演じるのが楽しみです。最近はストレートが多かったので、情報解禁の時には「久しぶりに歌うんだね」という声をもらいました。アンジェラさんの音楽にすごく心が動いたので楽しみです。

――楽曲制作について話したこと、楽曲を聴いた感想を教えてください。

上田:作曲プロセスは作曲家さんによって違いますが、今回はある程度楽曲の構成がわかる台本をお渡しし、楽曲に直していただきました。その場で一緒に作業できるわけではないので、デモを送っていただいて。アンジェラさんが歌っているので、初めて聴くときは「おお!」と。日本語の細かいニュアンスや楽曲で何を一番伝えなきゃ行けないかを細かく打ち合わせて調整しながら仕上げました。

昆:なんて素敵な楽曲なんだろうと心から思いました。力強くもあり温かい、寄り添うような楽曲が作品にぴったりはまっています。アンジェラさんが原作と一豪さんの脚本へのリスペクトを持って1曲ずつ大切に作られたんだなと感じました。早くすずさんとして歌いたいなと思っています。

大原:アンジェラ・アキさんの楽曲は学生時代から大好きなので、聞く前からワクワクしていました。その上で聞いて、ワクワクを通り越してゾワゾワするくらい感動し、これは絶対歌いたいという思いが強まりました。

海宝:アンジェラさんのセンスと演劇的な勉強が融合されて、今までにない感覚を受けました。とても美しくて繊細で、作品の瑞々しさにマッチしているなと。アンジェラさんとお話しする機会も何回かあったんですが、俳優の演技や一豪さんの脚本に柔軟に、アグレッシブに対応してくださいます。その姿を見て、僕らも音楽をしっかり表現しないといけないと感じました。

村井:「純粋だな」と思いました。作品にぴったりな楽曲が目の前に現れて、完成形が見えてしまった。包み込んでくれるような楽曲が多くて、早く劇場で聴きたいなと思いました。ぜひ見にきていただきたいです。

平野:初めて触れたのはオーディションの時でした。歌った時にすごくイメージが湧いて、歌っていても聞いていても染み渡っていくような包容力を感じました。早く稽古場で他の曲を聴きたいです。

桜井:色々な楽曲がありましたが、意外に感じたのは空襲のシーンや戦争を表現するシーンで流れる楽曲。アンジェラさんはこう表現するんだ、という新しさを感じました。私は卒業式や合唱コンクールアンジェラさんの曲を歌ってきたドンピシャの世代。あの曲を作られたアンジェラさんなので、絶対に感動できること間違いなしという曲が今回もたくさん生まれていす。ぜひ期待してきていただけたらと思います。

音月:ミュージカルの楽曲はエネルギッシュでパワフルに歌い上げる印象が強いと思いますが、とても素朴で温もりがあって、心の中がふわっとあたたかくなるような印象を受けました。そこに自分の声を乗せていくのはデリケートな作業ですが、大変よりも楽しみな気持ちの方が強いです。観劇後に皆さんが鼻歌で歌ってくれたら嬉しいなと思います。

海宝直人

海宝直人


――原作で好きなシーンや楽しみなシーンはどこですか?

音月:径子さんがすずさんに「あなたの居場所はここだよ」と伝えるところ。女性同士だからわかること、理解できることもたくさんあると思っていて、先輩の径子さんがすずさんにかける、不器用だけどすごく優しい一言がグッときました。

桜井:周作さんが拗ねているすずちゃんを一生懸命慰めようとするシーン。まだ二人が距離を測っているシーンではあるんですが、仲良い夫婦って包み隠さずなんでも言い合える関係が素敵だな、理想だなと思うので、そういう二人の姿にキュンとします。

平野:すずとリンが桜の木の上から再会するシーンの絵の美しさが印象に残っています。漫画は色がついていないのに、急に桜の色が思い浮かんですごく印象的でした。演出にどう反映されるか楽しみです。あとお茶碗のシーンは三角関係に繋がる部分で、面白いシーンになるんじゃないかと思っています。

村井:楠公飯のシーンが好きです。すずさんがご飯をいっぱい食べられるように考えて振る舞うんですが、あまり美味しくなくてどよ〜んとする。漫画だと美味しくないとかオチがつくと思うんですが、こうの先生が素敵なのは「楠公飯を美味しくいただける楠公は豪傑な人だったんですね」というオチをつけるところ。優しい世界観にずっと包まれているのが好きです。

海宝:原作の小さいコマなんですが、すずさんがアメリカ軍のビラをクシャクシャ丸めていて、周作は翌日の海兵団の剣道大会に備えているシーン。すずさんがくしゃくしゃのビラを投げて周作が一生懸命当てようとするけど一個も当たらなくて、最終的に突っ伏す。鈍臭さと素直さに周作の魅力が出ていると感じて好きですね。

大原:グッときたのが、リンさんに「誰でも、何か足らんくても居場所はそうそうなくならないよ」と言われるシーン。この作品のテーマというか、いい言葉だなと思いました。あとは、周作さんからキャラメルをもらって映画館に向かうシーン。周作さんのすずさんへの愛を感じてほっこりします。

昆:さくちゃんの好きなシーンを聞いてびっくりしたんですが、同じシーンが心に残っています。居場所を見つけざるを得なかったリンさんが作中でずっと居場所を探し続けているすずさんにかける言葉をいうことで、すごく印象に残っています。読者の皆さんも今回見てくださる皆さんも、すずさんが本当の自分の居場所を探すというところに重きを置いてご覧いただけると思います。

――すずと周作を演じる4名に、Wキャストの印象と全国公演についてお聞きしたいです。

村井:海宝くんとは二度目です。疑問に思っていることがあるとすぐに教えてくれるのが印象的で、ミュージカルについてなんでも知っている方だなと。全国公演ということで、呉でできるのが幸せです。この作品が持っているメッセージをしっかり届けたいと思います。

海宝:(村井は)お芝居に真摯な方という印象です。でも、昔はすっごく尖っていたとどなたかから聞きました。

村井:え、そいつの名前教えてください!

海宝:(笑)。芝居に対する想いがすごく強いと感じているので、たくさん刺激をいただけるんだろうなと楽しみです。素晴らしい作品をミュージカル化するのはすごく価値があることだと思うので、全国の皆様にお届けできるのが嬉しいです。

大原:昆さんとは『ミス・サイゴン』の稽古場で一緒でした。コロナ禍で中止にになってしまい本番は一緒にできなかったんですが、役のことも普段の体調管理についても色々相談させていただいて、いいお姉ちゃんのような存在です。ミュージカルを見に行く時も、客席から本当にかっこいいなと見ているので、ご一緒できるのが本当に嬉しいです。全国ツアーで、ミュージカルは初めてという方にも見ていただけると思いますし、今回の曲にはポップスの要素も詰まっていてミュージカルファンも新鮮に感じると思います。老若男女に愛される作品になるように頑張りたいです。

昆:さくちゃんとは『ミス・サイゴン』でも今回も同じ役で、とてもご縁を感じています。さくちゃんの人を幸せにするような可愛い笑顔がすずさんにぴったりだなと思っています。さらにたくさんお話しして、すずさんを一緒に作って行けたらと思います。戦争の話ではありますが、その中で生きた人々の暮らしに焦点を当てた作品です。人との繋がりやささやかな幸せを繊細に描いた作品が皆さんの心にまっすぐ届いたらいいなと思っています。

本作5月9日(木)〜5月30日(木)まで日生劇場で上演されたあと、北海道・岩手・新潟・愛知・長野・茨城・大阪と全国ツアーを行い、『この世界の片隅に』の舞台である広島県呉市にて大千穐楽を迎える。また、作中で歌われる楽曲を収録したアルバム「アンジェラ・アキsings『この世界の片隅に』」は2024年4月24日に発売されることが決まっている。