日経平均株価は、バブル期の1989年12月に記録された史上最高値3万8,915円87銭を更新目前です。しかし、株高が続くなかでも、私たち国民の実生活に目を向けると、賃金減少と物価高に苦しめられている状況です。株高にもかかわらず、日本経済が低迷し続けるのはなぜなのでしょうか? 詳しくみていきます。

日経平均株価が史上最高値目前

日経平均株価は、2024年2月9日の東京株式市場で続伸し、一時3万7,000円を上回りました。取引時間中に日経平均が3万7,000円をつけるのは、1990年2月20日以来34年ぶりのことです。株式市場は、年始から続くバブル後の最高値更新に沸いています。

また、景気動向について内閣府2月7日に公表した昨年12月の景気動向指数(速報値、2020年=100)を見れば、指標となる一致指数が116.2と2ヵ月ぶりにプラスとなり、前月から1.6ポイント上昇となりました。

結果、一致指数から一定の手順で機械的に決める基調判断については、「改善を示している」との表現を据え置いています。

株式市場は活況も、景気はほぼ停滞、国民生活は悪化

一方で、我々国民の生活に目を向ければ、まったく様相は違います。厚生労働省2月6日に発表した2023年の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)によると、物価を考慮した1人あたり実質賃金は前年比2.5%減少しています。

これは2年連続の減少です。さらにマイナス幅は22年の1.0%減からさらに大きくなっています。

また、総務省が6日発表した2023年の家計調査によると、2人以上世帯の消費支出は、物価高を反映し物価変動の影響を除いた実質では前年比2.6%減少し月平均で29万3,997円となりました(消費支出は名目では1.1%増)。

これらの直近の数字を見れば、株式市場は活況、景気はほぼ停滞、国民生活は悪化といわざるを得ないと思います。ではどうしてこのようなことがなってしまったのでしょうか?

日本人の「株価は景気の先行指標」という“前提”はもはや勘違い

そもそもバブル以来、日本人が信じてきた「株価は景気の先行指標」という“前提”がもはや勘違いといえると筆者は思います。むしろ筆者は、この“前提”が、普通の日本人を貧しくしてきた要因のひとつだと思います。

なぜそのような“前提”が広がったのでしょうか? それはバブルの経験が株価と強烈に結びついていたからでしょう。

日経平均が史上最高値3万8,915.87円をつけたのは1989年12月29日のことでした。当時の日本人は、世界的ベストセラーになった「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本のタイトルどおり、日本の明るい将来という“前提”を持ち、日々のニュースで報じられる東京証券取引所の株価ボードを見る度にその思いを強くしていたのです。

そして個人消費も活発に行われ、実際の景気も拡大を続けました。このため日本人には非常に強く「株価は景気の先行指標」という“前提“が広がったのだと考えます。

アベノミクスが「株価は景気の先行指標」の前提を壊した

しかし、1991年にバブルは崩壊。その後日本経済はデフレに苦しむことになりました。

こうしたなかで、2013年に第二次安倍政権は、国民の「株価は景気の先行指標」という“前提”を使って国民のデフレマインドを払拭し、デフレから脱出しようと株価対策を政策目標としたのでした。

結果、日銀黒田総裁よるマイナス金利に加え、日本株ETF(上場投資信託)を年間6兆円のペースで買い付けことを含む“異次元の金融緩和”により日経平均の上昇を図ることにしたのでした。

「法人の負担」が減る一方、「国民の負担」は増えている

また、安倍政権は法人税の減税を行いました。安倍政権下で法人税の税率は30%から20%台前半まで10%近く下がり、大企業の(資本金10億円以上)の売上高は約1割増でしたが、税引き後の当期利益は3倍となったのでした。

ファイナンス理論上、税率は企業が生み出すキャッシュフローの分配の観点で、株価を形成する主要な要素として認識されており、法人税減税は株価を上昇させる要素として大きな影響を持っているのです。

このように税負担で法人を優遇する一方で、国民負担率は上昇を続けています。個人や企業が稼いだ国民全体の所得に占める税金や社会保険料の負担の割合をいいます。

国民負担率は、1970年度に24.3%でしたが、1979年度には30%に、2013年度には40%を超え、財務省によれば2022年度の国民負担率の実績見込みは47.5%です。つまり、国民は稼いだ額の半分しか使うことができなくなっているのです。

また、冒頭で指摘したように実質賃金も下がり続けています。この背景として特に指摘したいことは、過労死防止や育児や介護との両立などを理由として残業を規制強化していったことも実質賃金の減少に大きな影響を与えていることです。

「休日」が多い日本…アメリカ人と比較して働く時間は年間200時間短い

さらに国民の祝日も増やしていることも指摘したいと思います。日本人は50年前土曜にも半日働いていましたから、休日数は約72日でした。ところが現在、土曜も休みになり、104日前後の土日の休みに祝日が16日あるのでこれを合計すれば120日が休日です。

結果、日本人の労働時間は激減しています。1960年前後に日本人の年間労働時間は2,400時間を超えていましたが、2021年度のOECDの労働時間ランキングによると、日本の年間労働時間は世界28位の1,607時間となっています。日本人は1960年代の3分の2の時間しか働いていないのです。

また、アメリカ人の労働時間は1,791時間。いまや日本人はアメリカ人よりも200時間近く短くしか働いていないのです。これでは賃金が伸び悩むのも当然です。

もちろん労働時間の減少を補い賃金の維持・上昇を図るために企業努力で生産性の向上はするべきですが、生産性向上のためのIT投資やロボット投資にも資金がかかり、費用増になります。企業がそれだけ従業員に払う原資が減るのは当然ともいえます。

結果、「株価は景気の先行指標」という“前提”が崩壊

また、先行して豊かになった層から波及して全体に波及させ経済を成長させるという「トリクルダウン」という説もアベノミクスの根拠とされました。

しかし、2014年にOECDが発表した分析によれば、所得格差は統計的にもその後の中期的な成長に悪影響を及すことが明らかになっています。

ジニ係数が OECD 諸国における過去20年間の平均的な上昇幅である3ポイント上昇すると、経済成長率は25年間にわたり毎年0.35%ずつ押し下げられ、25年間の累積的な GDP 減少率は8.5%となるとされています。

このように見てくると、アベノミクスは「株価は景気の先行指標」の“前提“で政策目標として株価を上げようとしてむしろ「株価は景気の先行指標」という”前提“を壊してしまったのでしょう。

新NISAを活用しグローバルな分散投資をすることがカギ

では、今後日本人はどのように「株高」に付き合っていけばいいのでしょうか? 筆者は、これまで見てきたとおり「株価は景気の先行指標」という”前提“は崩れたことから、賃金が上がることをじっと待つことは得策ではないと考えます。

今まで見てきたとおり、むしろ株価上昇を維持するため賃金は据え置きか微増、少子化に伴い税や社会保障費の負担は増える可能性が高いでしょう。

このようなことを考えると我々国民も株に投資するがストレートな対応だと思います。政府は新NISAを導入し国民がより株式投資をしやすくするように改革を進めています。

新NISAスタート時、注意すべき「3つのポイント」

ただ、ここで、注意すべき点が大きく3点あります。

1.分散投資

まず、株式で個別の銘柄の売買は初心者は避け、分散投資をしましょう。個別株では当然個別の企業の業績に応じて株価に変動があり成功すれば大きなリターンが得られるものの、失敗した場合には大きな損失が生じます。一方で多くの株に分散投資すればリスクを分散させることができます。

分散投資するにためには、ETFへの投資がおすすめです。ETFとは、Exchange Traded Fundの頭文字を取ったもので、上場している投資信託のことです。S&P500などの指標に連動しているETFでは、複数の異なる値動きの銘柄が組み合わせ投資をしているため、リスクを分散することができます。

2.特定の国にだけに投資しない

また、特定の国にだけに投資することはさまざまなリスクがありますから、投資の対象とする国も分散しましょう。こうしたグローバルな分散投資についても環境は整ってきていると思います。たとえば、新NISAを使って海外ETFの売却注文も手数料無料の対象としている証券会社も出てきています。

3.働き方を見つめ直す

最後に、最も重要なことは、自身の安定したキャッシュフローの源泉として、いま勤務している企業内に留まるにしても転職するにしても、長期的に働き続けることができるように自分の人生の目標を持ち自己研鑽をすることです。

また、メンタルや体を壊すほど働くことは論外ですが、より副業なども含めてより勤勉に働くことが日本人には必要だと筆者は思います。

そのうえで追加のキャッシュフローの源泉・資産形成の方法として株式投資についても検討することを勧めます。

三木 雄信

元日本年金機構 理事

トライズ株式会社 代表取締役社長