全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

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四国編の第14回は、徳島市の「トーコーヒー」。店主の森田さん、西谷さんの夫婦が3年前にオープンしたスタンドは、市内でも注目のニューフェイスだ。学生時代、互いに徳島の老舗・可否庵で、コーヒーの魅力に惹きつけられた2人は、お互いに根っからの浅煎り好き。多彩なスペシャルティコーヒーの個性が際立つ浅煎りオンリーで提案する店は、深煎り嗜好が根強い土地柄にあって、今までになかった存在だ。「浅煎りだけにこだわらず、コーヒー好きの人口を増やすことで、徳島のコーヒーシーンを盛り上げたい」という若き店主が、試行錯誤を重ねて目指す店の形とは。

Profile|森田海斗(もりたかいと)

1998年(平成10年)、兵庫県生まれ。徳島市内の大学に在学中、可否庵に通っていたのがきっかけで、週末限定喫茶・ナナブンノ珈琲の存在を知り、現在の奥様・西谷里歩さんとの縁を得て意気投合。2020年、JR二軒屋駅構内のコワーキングスペース・トレインワークスで週末限定の自家焙煎コーヒーショップとして「トーコーヒー」をスタート。約1年の営業を経て、2021年に現在地に移転オープン。

■お気に入りの喫茶店が取り持った店主夫妻の縁

スペシャルティコーヒーの登場以来、浅煎りのコーヒーが主流になって久しいが、独特の喫茶文化を持ち、今も深煎り嗜好が根強い徳島。そんな土地柄に新風を吹き込んだのが、3年前にオープンした「トーコーヒー」。「徳島にも浅煎りコーヒーの魅力を広めたいと思って」と、店主の森田さんが言うとおり、店頭に並ぶ豆は基本、浅煎りのみ。多彩な産地やプロセスを吟味したコーヒー、あえて無骨な素材感を出したファクトリー的空間、肩肘張らないスタンドスタイルは、地元の若い世代を中心に早くも支持を得ている。その始まりは、森田さんと、奥様の西谷里歩さんの夫婦が出会った学生時代にさかのぼる。

当時、徳島市内の同じ大学に通っていた2人が、まだお互い顔も知らないころから通っていた喫茶店が、前回登場した老舗・可否庵。「妻も僕も、コーヒーの好みが浅煎りで。徳島では飲める店があまりなかったから、この店の存在は貴重でした」と森田さん。実は、もともとはコーヒーが苦手だったという2人は、可否庵のコーヒーをきっかけに浅煎りの醍醐味に開眼。いわば、コーヒーの世界に進む原点となった一軒だ。「その時の注文は、西谷さんはニカラグア、森田さんはブルンジ。その時に一番旨かった豆ですね」とは、可否庵のマスター・近藤さんの弁。別々に店に通っていた2人の縁を取り持ったのも、近藤さんだった。

森田さんの2学年上にあたる西谷さんは、可否庵でコーヒーの魅力に触れたあと、すでに在学中からナナブンノ珈琲と銘打って、日曜限定のコーヒー店を営業していた。「ある時、マスターに、“間借りでコーヒーを出している同窓生がいる”という話を聞いて、訪ねたのが妻と出会った最初」と振り返る森田さん。以来、意気投合した2人は、卒業後はお互いに違う仕事に就きながらも、2人でイベント出店を続けたあと、2020年、新たに週末限定の間借りコーヒースタンドとして「トーコーヒー」を開業。およそ1年の営業を経て現在地に移転。念願の自店を構えて、心機一転のスタートを切った。

■広がるコーヒーの個性を伝える、浅煎りオンリーの品ぞろえ

開店にあたり自家焙煎も始めた森田さんにとって、いまや近藤さんは師匠と呼ぶべき存在に。「まったくゼロから始めたうえに、浅煎りの焙煎を知っている人がいなくて。最初は、可否庵のやり方を真似たり、焼いた豆を持って行ってマスターに味を見てもらったりしてました」と、自分で焼いては検証してという作業を繰り返した。今でも毎日、自分が焼いた豆をサンプルとして残して、週に2、3回、カッピングして味を確認することを欠かさない。

独学で焙煎やカッピングに試行錯誤を続けてきた森田さんにとって、大きな転機になったのは、同じ徳島県内のロースター・カモ谷製作舎の店主・岡崎さんとの縁を得たこと。「岡崎さんは神戸の生豆輸入会社や焙煎機メーカーで長年経験を積んだベテラン。東京の展示会・SCAJに参加したとき、帰りの飛行機で偶然にも隣の席だったことで知り合って。岡崎さんが関西で開いている焙煎の勉強会に参加したいという話をしたら、徳島でも同じ内容の会を月一回、開いてもらえることになったんです」と、望外の幸運をつかんだ森田さん。勉強会であらためてカッピングの指導も受け、フィードバックをもらうことで焙煎技術に磨きをかけている。

学生時代から浅煎り好きだった2人だが、開店から1年ほどは深煎りの豆も置いていたそう。ただ、「自分が好きでないものを出し続けるのは、やっぱりしんどくて。今も“酸味がないコーヒーがいい”という声は少なくないですが、年々広がっていくスペシャルティコーヒーの楽しみを紹介したい思いが強くなって」と、現在は浅煎りのシングルオリジンのみを時季替りで提案する。店頭に並ぶ豆は、森田さんと西谷さんの2人がカッピングしてチョイス。「新しく豆を選ぶときは、妻も一緒にカッピングに参加します。焙煎への評価はシビアですが、最近はコテンパンには言われなくなりました(笑)。ただ、意見をくれる人がいないと、自分では気づけないことがる。だから、普段のカッピングも必ず2人でやるようにしています」。時には、同じ産地の豆がラインナップを占めるときもあるが、それもまた一興だ。

■徳島にコーヒー好きを増やす、きっかけになる場所に

この日は4種のうち3種がコロンビアという顔ぶれだったが、品種、プロセス違いで、いずれ劣らぬ個性を発揮する。なかでも、コロンビア・ベト・ナルバエスは、電気・燃料・水を使わない自転車脱穀機、ドライ・バイシクル・パルピングなる、環境に優しい世界初のプロセスを採用。豆を水洗しないぶん、コーヒーの成分を余すところなく残したコーヒーは、ジューシーな果実味とみずみずしい甘味の濃密な余韻に目を見張る。

また、エスプレッソマシンではなく、エアロプレスで抽出するカフェラテも、この店ならではの一杯。「本格的なバリスタの経験がなく、マシンを触る機会もなかったので、逆にそれならドリップに注力しようと。むしろエアロプレスの方が、ミルクとコーヒーのバランスがいいと思います」と言うとおり、なめらかに溶け合う香味と甘味、ふわりと柔らかな後味に思わず心和む。

間借りから始まり、店を構えて2年、徳島コーヒーシーンの新たな個性として、地元に受け入れられつつある「トーコーヒー」。「昔からある喫茶店のような、くつろげる空間を作りたかった妻と、コーヒーのクオリティを追求したい自分。両方の志向がかみ合ってできた場所」という店の名に付した“TO”は、英語で“届ける”という意味と、日本語の接続詞“と”のダブルミーニング。会話“と”、お菓子“と”、読書“と”…多くの人にさまざまなシーンでコーヒーを楽しんでほしいとの想いがある。

新しい試みには苦労は付き物ではあるが、「老舗に負けないようにという気概で、チャレンジできた環境がかえってよかったと思う。ある意味、ハングリーな状態が学ぶ意欲の原動力になったと思います。初めは浅煎りは売れるかわからんと言われたけど、やってみたらそんなことはない。日常的に浅煎りのコーヒーが広まってほしいし、それだけに限らずコーヒー好きを増やしたい」と森田さん。

年々、変化を続けるコーヒーシーンだが、その多彩な魅力に触れる場は、徳島ではまだまだ少ない。そのなかで、裾野を広げる起点としても注目の存在だ。「コーヒー好きの人口を増やすことで、徳島も盛り上がるのではと思う。自分もコーヒーで人生変わったので、若い人がそれを志したり、ハマったりするきっかけになれる場所にしたい」。徳島で先駆けて、浅煎りの醍醐味を発信するニューフェイス、これからの展開に注目したい。

■森田さんレコメンドのコーヒーショップは「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」

次回、紹介するのは、徳島県阿南市の「カモ谷製作舎ノKOFFEE SHOP」。「店主の岡崎さんは、神戸の焙煎卸・マツモトコーヒー、焙煎機メーカーの富士珈機を経て独立。主催してもらっている月一回の焙煎の勉強会では、豊富な経験とストイックな姿勢から、多くのことを学んでいる第2の師匠的存在です。お店で出されているコーヒーも、浅煎り、深煎りともに岡崎さんの温厚な人柄がわかる味わい。昨年秋に移転して、リニューアルした古民家を生かした空間も注目です」(森田さん)

【トーコーヒーのコーヒーデータ】

●焙煎機/ディードリッヒ 1キロ(半熱風式)

●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エアロプレス

●焙煎度合い/浅~中煎り

●テイクアウト/ あり(500円~)

●豆の販売/シングルオリジン4~5種、100グラム800円~

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

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もともとあったブロックの壁にアイアンの家具、木の格子を組み合わせ、マテリアルの質感を活かした店内