老後の生活を支える公的年金。1円でも多くもらいたいものですが、想定外に年金が減額されてしまった……というケースは珍しくないとか。一体なぜでしょうか? 本記事では、金田さん夫妻(仮名/60代)の事例とともに、年金制度の注意点についてFPの小川洋平氏が解説します。

65歳以降も働き続けることに

金田一雄さん(仮名/67歳)、文江さん(仮名/67歳)さんご夫婦は地方で精密機械製造の会社を営んでいます。金田さんの会社は金田さん夫妻と、パート社員10名程度のごく小さな会社ですが、技術力に定評があり、また上場企業のグループ会社の外注先として創業以来30年以上もの間直接のサプライヤーとして部品を供給し続けてきた経緯もあり、零細企業ながら良好な業績が続いてきました。

65歳で公的年金を受け取れることを一つの機に引退したいとも考えていましたが、子供達も会社を継ぐつもりが無いため、M&Aで会社の譲渡先を探しつつ忙しい日々を送っていました。

しかし、そんな金田さんは、ある日年金機構から届いた通知の「支給停止額」という記載を見て戦慄します。よくよく中を見てみると、受け取れると思っていた年金額の半分以下しか受け取れないことになっていたのでした。

これはまずいと、焦った金田さんは、自社の顧問社会保険労務士のもとへ走ります。なぜ年金が減ってしまったのかを尋ねると、その理由が「金田さんの報酬の高さ」にあることがわかったのでした。

それを聞いた妻の文江(仮名/67歳)さんも受け取れるはずの年金が減らされてしまったことに憤り、鬼の形相で年金事務所へ突撃します。

年金減額の理由

公的年金を受け取りながら給与や役員報酬を受け取っている場合、「在職老齢年金」という仕組みで公的年金がカットされることがあります。

2024年1月時点の制度ですと、公的年金の基本月額と、総報酬額(諸手当を合わせた年収の付きの平均額)を合計して48万円を超えると、超えた分の半分がカットされる制度のことです。

会社の業績も好調だったため、一雄さんの役員報酬は月額で100万円、妻の文江さんも80万円と、高額な役員報酬を受け取っていたのでした。そして、一雄さんの厚生年金は年間で約180万円、妻の文江さんも約130万円の年金額を受け取ることができたはずでした。  

しかし、在職老齢年金の制度のため、下記のような計算式で削減されてしまったのです。

【計算式】

一雄さんの場合:

(役員報酬月額100万円+厚生年金部分の月額約15万円ー48万円)÷2

=約33万5,000円(支給停止額)

文江さんの場合:

(役員報酬月額80万円+厚生年金部分の月額約11万円ー48万円)÷2

=約21万5,000円(支給停止額)

本来は年金として月額で一雄さんが約21万7,000円、妻の文江さんは約17万5,000円、合計39万円受け取ることができたはずでした。しかし、厚生年金部分が全額支給停止になってしまったために基礎年金部分だけで月額で約13万円程度、二人で年間310万円も減らされてしまったのです。

在職老齢年金の制度

公的年金を受給できる年齢になっても現役のころと同様の収入がある場合、金田さん夫妻のように厚生年金が減額されてしまうケースもあるため注意が必要です。

在職老齢年金の対象となるのは給与や役員報酬などですが、報酬の出し方を調整したり、別の名目で支出することで支給停止を免れることできます。

たとえば、金田夫妻さんの場合であれば一雄さんの役員報酬は32万円程度、文江さんの役員報酬は37万円に抑えれば、厚生年金分を加えても月額48万円を超えないため、支給停止されずに受け取ることができます。

当然、それだけ役員報酬を減らせば会社の利益が増えるために法人税が掛かります。この対策としては、役員報酬を減らす代わりに、企業年金制度を活用することで会社の経費でリタイア時に受取れる資産をつくったり、退職金として会社で積み立て、退職時に受け取ることで年金カットを免れ、税金や社会保険料の負担までも抑えることができます。

また、場合によっては法人を解散するなど個人事業主に戻り所得を得ることで厚生年金の支給要件には該当しないため厚生年金を全額受け取ることも可能です。

このように、報酬の受け取り方を調整するなどの戦略で厚生年金がカットされないだけでなく、社会保険料を低減させ手取りの収入を大きく増やすことも可能です。

今回は夫婦で事業を経営されている金田さん夫妻のケースをご紹介しましたが、定年の延長や無期限化を推進しているなか、60代後半で高い報酬を受け取っている会社員の方も在職老齢年金の制度に該当し、厚生年金が減額されてしまわないように注意が必要です。

年金減額が決まったあとに知る人も多い

今回は在職老齢年金の仕組みにより、厚生年金が全額支給停止となってしまった事例を紹介しました。

せっかく公的年金を受け取ることができる時期になったのに、年金をカットされてしまうこのような仕組みは、定年延長や労働力の確保を課題とする現状において、時代に合わない制度といえるでしょう。

そして、このような制度があることは事前に情報を受けられることは少なく、減額が決まったあとで知らされることが多いものです。

受け取り方を少し工夫することで減らされずに済むこともありますし、社会保険料も節約することで会社と個人の可処分所得をもっと増やすことも可能です。

65歳以降も高額な報酬を受取ることが多い法人の経営者や、現役世代と同等以上の収入を得られる方はこういった年金減額の仕組みがあることを知り、税制面なども加味しながら最適な報酬や受け取り方を検討することをお薦めします。  

小川 洋平 FP相談ねっと

(※写真はイメージです/PIXTA)