私たちが日々当たり前のように使っている、便利で自由なインターネット。しかし近い将来、その常識は覆り、インターネットの自由は失われてしまうかもしれない。インターネットに一体何が起こっているのか?――。前編に続き、2023年9月に書籍『教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」』(日経BP)を上梓したインターネットイニシアティブ(IIJ) 取締役副社長・谷脇康彦氏に、インターネットの新概念「Web3」やインターネットを巡る世界の論争、革新的な次世代ネットワークの姿について、話を聞いた。(後編/全2回)

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【前編】有事に飛び交う偽情報、IIJ谷脇副社長が語る「ネットの混沌」の行く末
■【後編】日米欧が「NO」を突き付けた、中国が提案する新たなインターネットの仕組み(今回)

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Web3で求められるのは「集中と分散のベストミックス」

――前編では、コロナ禍やウクライナ侵攻といった社会・国際情勢の大きな変化が見られる中、インターネットの最前線で浮き彫りになった課題について伺いました。インターネットの最前線に目を向けると、「Web3」という次世代の概念が広まりつつあります。事業者視点でWeb3を見たとき、どのような点に注目すべきでしょうか。

谷脇 康彦氏(以下敬称略) Web3は「分散型のインターネット」といわれており、これはWeb2.0に対するアンチテーゼと表現できます。

 Web2.0の世界では、情報の出し手・受け手の間に「プラットフォーマー」と呼ばれる仲介役が介在しています。プラットフォーマーの代表格が米国経済を牽引するGAFAですが、私たちユーザーが生み出す情報の多くがGAFAの元に集中するようになりました。

 このようなGAFAの独占的・寡占的な状況に対抗する動きがWeb3です。Web3では、プラットフォーマーを介さず、ブロックチェーン技術を用いて各ユーザーがデータを持ち合い、相互に承認し合いながらデータの真正性を確保していきます。

 Web3を代表する技術の一つが「NFT非代替性トークン)」です。NFTとは、複製が自由にできるデジタル作品に希少性を持たせ、それを証明することができる技術です。

 2020年代に入り、日本でもNFTをはじめとするWeb3のブームが到来したものの、現在では下火になっている印象です。一方で、諸外国においてはWeb3のブロックチェーン技術を実装しようという具体的な動きが着々と進んでいます。

 


 

Web3時代のデータは集中管理すべきか、分散管理すべきか

――海外でWeb3の勢いが加速する今、日本企業にはどのような取り組みが求められるのでしょうか。

谷脇 今の日本に必要なことは、分散型のブロックチェーン技術をさまざまなビジネスモデルに組み込む挑戦を続け、「ブロックチェーン技術を使うとこんなことができる」という事例を積み重ねていくことです。その際には、「集中か、分散か」という二項対立でアイデアを考えないことが重要だと思います。

 インターネットの歴史を振り返ると、これまでも「集中」「分散」という2つのトレンドを行ったり来たりしているからです。Web2.0とWeb3は相対立するというより、むしろ「集中と分散のモデルをいかにしてベストミックスしていくか」こそが重要な論点です。その答えがまだ出ないからこそ、今後十分に議論すべきだと思います。

――Web3が人々の働き方や組織の経営に影響を与える可能性はありますか。

谷脇 Web3を構成する技術は今までにない革新的なものです。だからこそ今後、あらゆる分野への活用が模索されています。その一つが「DAO(分散型自律組織)」と呼ばれる新たな組織の形です。DAOは、ブロックチェーンを基盤にした中央集権的な管理を必要としない組織のことで、国境を越えて自律的に動く組織形態として大きな可能性を秘めています。

 その一方、分散型であるが故に「責任の所在」が不明確になりやすく、「運用上のガバナンスが適切に機能するか」「仕組みの曖昧さを解消できるか」という不安も残されています。先行している技術をどのように社会に実装していくか、公平性や透明性を確保しつつ説明責任も果たせるモデルとしてどのように確立させるか、今後十分に検討する必要があるでしょう。

 大切な視点は、「リスクがあるから活用を控えよう」とするのではなく「活用を前提として、どんなルールをつくればうまく使えるか」を考えることです。リスクを恐れていては、イノベーションを生み出すことはできません。革新的なイノベーションを生み出すためにも、トライ&エラーを繰り返しながら試行錯誤して進める姿勢が必要だと思います。

「日本の常識」と「世界の常識」は必ずしも一致しない

――著書『教養としてのインターネット論』では、日米欧といった旧西側諸国と中露間でインターネットを巡る論争が繰り広げられていることに触れています。なぜ、そういった議論が起こるのでしょうか。

谷脇 リアル空間には国境があり、すべての国が遵守すべき国際法というルールが存在しています。それに対して、サイバー空間には国境という概念がなく、国際的なルールも未整備です。増加を続けるサイバー攻撃の中には「国家が関与して行われているケースが多い」とわかっていながら、国際法上での取り決めがないため、「その行為が禁止された行為であるかどうか」を誰も判断できないのです。

 リアル空間とサイバー空間の一体化が進む中、一刻も早い国際ルールの整備が求められています。そうした課題は既に世界各国が認識しており、10年以上前から議論はスタートしています。しかし、一向に前に進んでいない状況です。

「自由主義国家」である日本・アメリカ・欧州といった旧西側諸国は、「既存の国際ルールをサイバー空間にも適用すればよい」と主張しています。これに対して、「権威主義国家」である中国・ロシアといった国々は、現在のサイバー空間はアメリカ主導によってつくられたものであるため、「アメリカ中心のルールは許容できない」という立場を取っています。加えて、中国・ロシアは「国が中央統制する仕組みにすべき」と主張しており、両者は真っ向から対立しているのです。

 加えて、中国はインターネットに用いる通信手順として、新たな仕組みである「New IP」を提案しています。現在のインターネットは「TCP/IP」という通信手順を用いていますが、IoTの普及によってネットにつながるモノの数が増加する中、「TCP/IP」では対応しきれない、と主張しています。そこで、「TCP/IP」に代わる新たなプロトコルである「New IP」への置き換えを提案しているのです。

「New IP」を導入すれば、国によるインターネットの中央集権的な統制権を認めることになるため、旧西側諸国は全面的な反対の声を挙げています。こうした議論で鍵となるのは、「インターネットに国がどこまで関与するのか」という点です。日本に住む私たちはインターネットを自由に使っていますが、実はこれは当たり前のことではなく、世界の半分近くの国はインターネット上のコンテンツ規制をしているという実態があります。

 プライバシーの観点から制約は当然必要でしょう。しかし、自由主義の国でデジタル技術を使うこととそうでない国でデジタル技術を使うことの意味は異なります。サイバー空間に「自由主義国家」VS.「権威主義国家」といった対立が持ち込まれ始めており、解釈の難しさ、問題の深刻さが増しているのです。

次世代ネットワークは「人口減少」や「環境問題」の打ち手につながる

――本書の最後では、インターネットの未来の姿として「10年後のネットワーク」にも触れています。ネットワーク技術の進化は、私たちの暮らしをどのように変えるのでしょうか。

谷脇 現在、私たちが使っているのは「5G」と呼ばれる第5世代のネットワークです。「5G」の特徴的な機能として「高速・大容量」「低遅延」「多数同時接続」が挙げられます。その「5G」を発展させた次世代ネットワークとして「Beyond 5G」があります。「5G」をさらに高度化させつつ、「拡張性」「自律性」「超低消費電力」といった機能を備えたものです。

 たとえば、次世代ネットワークの範囲は水中や地底、宇宙といったエリアにまで拡大していくと言われています。これにより、海洋資源や鉱物資源の探索等が大きく進むものと期待されています。また、日本が人口減少という大きな課題を抱える中、これまで技術者の努力によって構築されてきた通信ネットワークの領域にAIを活用し、自律的にすべて自動で設定を行う試みも始まっています。

 すでに高速道路やトンネル、橋、下水道といったライフラインを維持する「スマートメンテナンス」といった取り組みも始まっています。従来、技術者が目視や打音検査といった方法で行っていた点検だけでなく、センサーを活用して客観的な情報を取得したり、センサーを使って収集したビッグデータをもとにデータに基づいたメンテナンスを実施したりすることで、効率的な補修を進めているのです。デジタル技術を使って省力化をはかりつつ、同時にビッグデータを活用し匠の技を継承するトレンドは加速していくでしょう。

 さらに、環境問題の観点から、通信業界における電力消費量削減も喫緊の課題です。現状のままでは、2030年には「通信業界の電力消費量」が「現在の日本全体で使われている電力量」の約1.5倍になると言われています。そこで、2030年には通信業界の電力消費を現在の100分の1に抑制することを目指して技術開発が進められています。

――これからの時代、組織の変革を牽引するリーダーたちは、インターネットの進化をどのような目で見ていけばよいでしょうか。

谷脇 デジタル技術が進化することで、効率化、自動化、最適化だけでなく「個別化」といった新たな価値が生み出されます。個別化が進めば、一人ひとりの利用者に寄り添うことで、個々の状況、要望に合った“優しいサービス”の提供が可能になります。また、細かい作業を自動化することで、余った時間を人間同士の心のこもった交流の時間に充てることができるようになります。このように考えると、デジタル技術によって「人間らしさ」や「豊かさ」を生み出すことができますよね。

 デジタル技術は無機質の象徴のように思われがちですが、決してそんなことはありません。人間が本来もつべき豊かさや優しさ、多様性をどのように実現するかに役立てるべきです。インターネットが「便利なもの」というレベルを大きく超えて、社会経済の基盤インフラにまで成長しているからこそ、「人間のためのインターネット」を追求しなくてはいけません。そして、インターネットが世界の混乱や脅威を生むのではなく、各国で続く紛争をなくすための技術として機能することが大切だと考えています。

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インターネットイニシアティブ(IIJ) 取締役副社長 谷脇康彦氏(撮影:木賣美紀)