鮨ネタとしても大人気の「マグロ」。その品質を判断するためには、「産地より漁法の情報の方が大事」と、鮨評論界の第一人者であり著述家の早川光氏はいいます。早川氏の著書『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』より、知っておきたいマグロの「4つの漁法」と「日本随一の産地」について見ていきましょう。

知っていると鮨職人と語れる!?代表的な「マグロの漁法」

鮨屋に行くと、こんな会話を耳にします。「このマグロ、産地はどこ?」「静岡の下田です」。他の日には「今日の産地は?」「千葉の銚子です」。そこから話が広がることはまずありません。マグロは回遊魚なので、下田のマグロも銚子のマグロも特に違いがあるというわけではないからです。

もしその日のマグロの特徴を知りたいのであれば、鮨職人に産地ではなく“漁法”を聞いてみましょう。どんな方法で獲ったのかは、マグロのコンディションを知るための手がかりになります。

マグロの基本的な漁法は以下の通り。4つしかないので覚えるのは簡単です。

1.一本釣り

2.延縄漁

3.巻き網漁

4.定置網漁

一本釣りは最もよく知られた漁法。テレビ番組でもよく特集してますよね。小型船でマグロの群れの先頭に立って1本の釣り針と釣り糸で獲るから“一本釣り”です。

マグロは動きを止められるとストレスを感じる魚。釣り上げる途中で苦しんで暴れると体温が上がってしまいます。そうなると“身焼け”というものが起きて、身の質が著しく劣化します。一本釣りはマグロ一尾ごとに対応するので、ストレスを最小限に抑えて釣り上げることができるという利点があります。

ゆえに最もコンディションがいいマグロは一本釣りであることが多いのですが、漁師に技量や経験が不足していると身焼けが起きる場合もある。そういう意味では漁師の腕に左右されやすい漁法と言えます。

延縄漁は、幹縄と呼ばれる太い縄に釣り針のついた枝縄を取り付け、それを一定間隔で並べてマグロがかかるのを待つという漁法です。遠洋漁業でよく使われる方法ですが、近海でも行われていて、青森県大間漁港でも延縄漁をやっています。

魚群探知機で群れを見つけて縄を投入するのですが、追い込むことはしないのでマグロが傷つきにくく、比較的コンディションのいいものが獲れます。当たり外れのある一本釣りに比べて品質が安定しているので、最近は延縄を好む鮨職人が増えています。

ちなみに2019年と20年の初セリで億を超える最高値をつけたのは、どちらも延縄漁のマグロです。

巻き網漁は、船団を組みマグロの魚群を囲い込んで獲る漁法。これは効率よくいっぺんに捕獲できるのですが、マグロはすごく速いスピードで泳ぐので、囲い込むと魚同士が衝突したり、酸欠状態になって死ぬこともあります。しかも網を巻き込んで獲るので、どうしても魚の表面が傷ついてしまう。なので市場価格は低くなりがちです。それでも夏場の宮城県塩竈の巻き網には上質なマグロがかかることがあります。

最後の定置網漁は、群れを追いかけるのではなく、マグロが回遊するルートに網を仕掛けておく方法。マグロが自然に網に入るのを待ち、奥の袋状になった網で出られなくなったところを引き上げるという仕組みで“待ちの漁法”と呼ばれます。

延縄漁よりさらにマグロが傷つきにくく、環境にも優しいということで近年注目を集めています。網にかかってすぐに引き上げるわけではないのでコンディションにはばらつきがありますが、味そのものはとてもいい。それはマグロにストレスがかかりにくいからだと思います。

この4つの漁法を覚えておけば、鮨職人とマグロについて深く語ることができるでしょう。もしかすると煙たがられてしまうかもしれませんが。

「別格」の美味しさを誇る、マグロの産地とは?

マグロの品質を判断するためには産地より漁法の情報の方が大事というのは先に述べた通りですが、それでも1カ所だけ、産地の名前を聞いただけで最高の品質だとわかる、例外とも言うべき漁港があります。

それは青森県の三廏です。

僕は毎年いろいろな鮨屋で数えきれないくらいのマグロを食べています。でも「凄い!」と唸るようなトップクラスのマグロに出合えるのはせいぜい年に数回くらい。そのトップクラスを改めて思い返してみると、ほとんどが三廏漁港に揚がったマグロなんです。少なくともここ3年で一番旨いと思ったのはすべて三廏です。

青森県には大間、深浦、小泊などいくつも漁港がありますが、三廏は“ダンプ流し”と呼ばれる独特の方法の一本釣りでマグロを獲ります。ダンプというのは発泡スチロール製の浮きのことで、それに釣り針をつけたテグスを巻きつけ、潮の上流からイカなどの生き餌を撒いて、寄ってきたマグロが食いつくのを待つという漁法です。

そしてマグロが食いつくと、巻き上げ機で少しずつ慎重にテグスを引き寄せます。ゆっくり時間をかけて引き寄せるのでマグロにストレスがかからず、身焼けが起きにくいのです。

もちろんそれだけではありません。三廏漁港はマグロの“手当て”にも定評があります。手当てとは下処理のことで、まず獲ったマグロのエラ下の動脈と尻尾を切る”血抜き”と、ナイロンの棒を尻尾から頭まで通す”神経抜き”をします。この2つの作業はマグロの体温を下げ、身の品質の劣化を防ぐのに役立ちます。そして“ハラ取り”と呼ばれるエラと内臓を取る作業をしてから”冷やし込み”をします。

冷やし込みはマグロの腹の中に氷を詰める作業のことで、三廏ではこれを徹底してやっています。それを特製の木箱に入れ、ぎっしり氷を詰めて豊洲市場に出荷する。だから鮮度が保たれるというわけです。

三廏のマグロを食べていつも思うのは、身がみずみずしいということ。他の産地のマグロは寝かすと水分が抜けてしまったりするのですが、三廏は1週間経っても2週間経ってもみずみずしい。だからすごく熟成に適している。僕は鮨屋から「三廏のマグロが入った」と聞くとウキウキする。そのくらい好きです。

早川 光 著述家

(※写真はイメージです/PIXTA)