ジョジョ・ラビット』(19)や『ソー:ラブ&サンダー』(22)で知られるタイカ・ワイティティ監督の最新作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』(2月23日公開)。実話をベースにした本作は、サッカーW杯予選で0-31という記録的大敗を喫した米領サモアチームの奮闘をユーモラスに描いた実話の映画だ。物語の舞台は、ポリネシアにある米領サモア。北にハワイ、南にニュージーランド、東にタヒチ、西にはフィジーと、南太平洋のまん中あたりに位置しているアメリカの準州である。ディズニーの長編アニメ『モアナと伝説の海』のモデルで、同作で声の出演もしているドウェイン・ジョンソンのルーツでもあるポリネシア文化圏の一つである米領サモアを紹介しよう。

【写真を見る】サモアで呼ばれている第3の姓“ファファフィネ”のジャイヤはチームを明るくさせる存在

ある事故を機にスランプに陥り、チームを解雇されたサッカー監督トーマス・ロンゲン(マイケル・ファスベンダー)。米国サッカー協会は、彼を米領サモアに監督として派遣した。米領サモアは公式戦で勝ったことがなく、2001年W杯オセアニア予選ではオーストラリア代表に0-31という歴史的大敗を喫していた。選手は素人同然で、あまりのカルチャーギャップからロンゲンは最初、辞任を申し出るが、前向きで決してあきらめない選手たちに接するうちに考えを変えていく。主人公であるロンゲンはオランダ生まれの監督で、現役時代はアメリカで活躍。選手を引退した後はU-20米国代表チームの監督として活躍し、その後、米領サモア監督としてチームに初勝利をもたらした。

米領サモアは、北海道利尻島より少し広い領土(約197平方キロメートル)に、約4.5万人が暮らす小さな島だ。目玉は観光で、特に人気が高いのはトレッキングコースのあるアメリカン・サモア国立公園。山の頂はどこまでも広がる太平洋を望む絶景スポットで、映画の中でも印象的に描かれた。また国立海洋保護区では、絶滅危惧種タイマイ(ウミガメ)をはじめ色とりどりのブダイ、シャコガイやハマサンゴなど多くの生き物が生息。サンゴ礁の端近くではヨゴレザメやキハダマグロを見ることができる。

米領サモアは、その名のとおりアメリカ領。もともと西隣のサモア独立国と同じ一つの国だったが、18世紀からの欧米による侵略や国内の権力争いにより東西サモアに分断された。西サモアは20世紀にサモア独立国として独立したが、東サモアはアメリカ領のまま現在に至る。通貨はドルで法律もアメリカ合衆国憲法に準じているが、公用語サモア語と英語。劇中でもサモア語だけ使う選手の姿が描かれた。ちなみに監督のタイカ・ワイティティはポリネシア圏の一つであるニュージーランドの出身。映画の撮影は機材や設備の関係から、やはりポリネシアに属するハワイのオアフ島で行われた。

■“モアナ”や“ワイスピ”でも描かれたサモアの文化

サモアと聞いてラグビーを思い浮かべる日本人は多いと思う。2023年W杯ほか日本のブレイブブロッサムズと何度も対戦しているので、試合を観戦した人もいるだろう。サモアを含むポリネシアのチームで特徴的なのが、ゲーム前に行う「ウォー・クライ」。war(戦い)とcry(雄叫び)を組み合わせた言葉で、おもに戦いの前に士気を鼓舞し、相手に敬意を払うための儀式だ。ニュージーランドオールブラックスが行う“ハカ”がよく知られているが、サモアは“シバタウ”と呼ばれるスタイル。声を上げ、太ももや腕をたたきながら力強くポーズをとる姿は日本でも話題になった。ウォー・クライラグビーに限らず行われ、本作ではサッカーの試合前に米領サモアチームがシバタウを行う姿を見ることができる。

マウイはエンタメとも関わりがある。美しい海に囲まれた架空の島モトゥヌイを舞台にしたディズニーの長編アニメーション『モアナと伝説の海』。そのモデルになったのが、サモアを含むポリネシアの島々だった。製作にあたりスタッフは、サモアフィジー、タヒチ、ニュージーランドからハワイまで広く取材を行い、各地の伝説をヒントに少女モアナが大海原に出る物語を執筆。エメラルドグリーンの海、青い空に白い雲など美しい自然描写はもちろん、楽曲にもポリネシアのリズムが取り入れた。なお、劇中モアナが一緒に冒旅をするのが筋骨隆々の半神半人マウイ。その声を担当したのがプロレスラーからアクションスターに転向した人気俳優ドウェイン・ジョンソンだ。実は彼の祖父はマウイ出身のプロレスラーピーター・メイビアで、マウイのキャラクターデザインにインスピレーションを与えた人物でもある。ちなみにメイビアは日本を舞台にした『007は二度死ぬ』でボンドを襲う殺し屋役で、ショーン・コネリーと派手な格闘シーンを演じていた。そんな祖父の血をジョンソンも受け継いだということだ。

大ヒットシリーズ9本目の『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』は、ドウェイン・ジョンソンが自らのルーツに迫る作品だった。ジョンソン演じる元米外交保安部の捜査官ルーク・ホブスが、宿敵だった元MI6のデッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)とコンビを組んでテロリストと戦うスピンオフ。ホブスはサモア出身と設定され、クライマックスでは故郷に戻り家族や地元の仲間とテロ軍団を迎え撃つ。ジョンソンは製作にも名を連ね、決戦の前にサモアの“ファミリー”と共に気迫あふれるシバタウを披露。そのまま肉弾戦になだれ込む、サモア魂炸裂のアクション巨編に仕上げている。

もう一本紹介したいのが、日本でも劇場公開された『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』だ。タイトルでお分かりのように『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の元ネタというべき長編ドキュメンタリー。マイケル・ファスベンダーが演じたロンゲン監督はじめ、1試合31ゴールを許し心が折れたキーパーのサラプ、性転換を控えた“紅一点”ジャイヤほかCEOやコーチなど映画に登場した超個性派メンバーの多くが本人そっくり。映画版はめちゃくちゃ笑えて、ホロリとさせるワイティティ監督らしいヒューマンドラマだが、選手たちのスピリッツの部分を含め事実に忠実だったことがよくわかる。まさに“事実は小説より奇なり”を地で行く作品だったのだ。映画を観た後、復習としてぜひ見てほしい作品だ。

日本からの直行便がないこともあり、名前は聞いたことがあるけれどあまり知られていないサモアや米領サモア。ポリネシアらしいゆっくりと時間が流れる自然豊かなこの地の魅力の一端を『ネクスト・ゴール・ウィンズ』でたっぷり味わってほしい。

文/神武団四郎

チームメンバーが披露する迫力の儀式、シバタウにも目を奪われる!/[c]2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.