介護が必要になる原因の背景には「フレイル」というものが関係しているといいます。また、体型に変化がなくとも筋肉量は減少している場合もあるといいます。内科医の奥田昌子氏の著書『「日本人の体質」研究でわかった長寿の習慣』(青春出版社)より、「寝たきり」におちいる原因をみていきましょう。

何が「寝たきり」を招くのか

日本の健康寿命は74.8歳で世界2位です。元気な高齢者が多いのも納得ですね。とはいえ、平均寿命と健康寿命のあいだの不健康な期間が男性は約9年、女性は約12年あります。充実した長寿社会を作るには、まだできることがあるはずです。

これを探るために、まずは何が健康寿命をそこなうのか確認しておきましょう。厚生労働省の資料によると、介護を受けている人が介護が必要になった原因は、男性は多い順に「脳血管疾患」「認知症」「高齢による衰弱」、女性は「認知症」「骨折・転倒」「高齢による衰弱」でした。これを円グラフで示したのが[図表1]です。男性に「脳血管疾患」が多いのは、内臓脂肪がつきやすいうえに、飲酒、喫煙によって動脈硬化がさらに進むからと思われます。動脈硬化は「認知症」とも関係します。

残る「骨折・転倒」と女性で4位の「関節疾患」、そして「高齢による衰弱」はどうでしょうか。じつは、この3つは深いところでつながっています。ここで鍵になるのが、最近注目されている「フレイル」です。

研究社新英和中辞典にはフレイルの日本語訳として「もろい、薄弱な」とか「(体が)弱い、かよわい」と記載されています。このことから、高齢者にフレイルが発生した、といえば、加齢により体が弱って、さまざまな症状が起きた状態をさします。

フレイルの例としては、明らかな原因がないのに食欲が落ちて疲れやすくなったり、気をつけて下りたつもりが階段で足を踏みはずしたり、横断歩道を渡るのに時間がかかり、信号が点滅し始めて怖い思いをする、などがあげられます。お正月に高齢者が餅をのどに詰まらせて病院に運ばれることがあるのも、フレイルによるものといえるでしょう。

健康寿命をじわじわむしばむフレイルの大もとにあるのが筋力の低下です。ちょっと複雑なので、[図表2]をたどりながら読んでください。加齢や慢性的な病気(右上)によって筋肉が弱くなると、あまり体を動かさなくなるので(左下)、食欲が減り、栄養を十分摂取できなくなります(中央上)。

これにより筋力の低下がさらに進み、そこに認知機能の低下(左下)や、それに伴うさらなる活動量の低下、社会的な交流の減少(左上)が重なって、アリ地獄に落ちるようにフレイルの深みにはまっていきます。これをフレイルサイクルといい、このとき血糖値が高かったり、慢性炎症があったりするとフレイルが速く進行すると指摘されています。

国立長寿医療研究センターの「老化に関する長期縦断疫学研究」は、筋力低下、疲労感、歩行速度の低下、体重減少、活動量の低下の5つの項目にいくつあてはまるかを基準にしてフレイルの実態調査を行っています。

すると、このうち3つの項目にあてはまる完全なフレイルの人は男性の約5パーセント、女性の約12パーセントで決して多くありませんでしたが、1~2個あてはまるフレイル予備群の人が男女問わず約半数にのぼりました。海外には、80代の30パーセント、90代の60パーセントがフレイルだったという報告もあります。

「見えない脂肪」が筋力を奪う!?

筋肉はあまり使わずにいると、20代をピークとして30歳を過ぎるころから減っていき、太ももの筋肉は1年で1パーセントずつ小さくなるというデータがあります。わずかずつ低下するので気づきにくく、「あれ?」と思っても、「年のせいだからしかたないな」と考え直し、あきらめてしまう人が大半です。でも、よほどの力仕事は別として、ちょっとしたものを運ぶのにも若い人に頼んだり、少しの距離も車を使ったりしていると筋力はどんどん落ちていきます。

加齢による筋力の低下と筋肉量の減少を合わせて、専門用語で「サルコペニア」と呼んでいます。サルコは筋肉、ペニアは失われるという意味で、最近はテレビなどの解説でも「サルコペニア」を耳にすることがありますが、ここではわかりやすさを優先させて「筋力低下」と書いています。

ついでに説明しておくと、ロコモティブシンドローム、略して「ロコモ」という用語もありますね。ロコモは具体的には筋力とバランス能力が低下した状態のことなので、フレイルの一部と考えられます。

さて、先ほど、栄養を十分摂取できなくなって筋力の低下がさらに進むと書きましたが、やせていなければ大丈夫とはなりません。筋力が落ちた高齢者は運動量が少なくなりがちで、危険な内臓脂肪がつきやすく、健康寿命にとって大きな打撃となります。

筋肉が減って脂肪に置き換わると外からは太ったように見えないため、本人も周囲の人も気づかないうちに筋力が大きくそこなわれることもあります。また、内臓脂肪は骨の弱さとも関連しています。内臓脂肪が多い女性と皮下脂肪が多い女性をくらべたところ、年齢が同じでも、内臓脂肪が多い人は骨の強さが半分しかなかったそうです。

人間の骨の量は30代でピークとなり、年齢を重ねるにつれて減少します。それでも、[図表3]からわかるように、男性が80代まで骨粗鬆症になる危険が低いのに対し、女性はもともと骨の量が少ないうえに、50歳前後の閉経を境に骨が急に弱くなります。骨からカルシウムが逃げ出すのを防いでくれる女性ホルモンが閉経によって減少するからです。60代になると早くも3人に1人が、80代では3人に2人が骨粗鬆症になり、そこに筋力低下が重なると、ちょっとした転倒で骨折し、寝たきりにつながります。

奥田 昌子 医師