経済の低迷が続き、諸外国との差が開いていく日本。その原因は、マイナスを引きずったまま残り続ける「ゾンビ企業」の数にあると言います。本記事では『松本大の資本市場立国論』(東洋経済新報社)から、著者の松本大氏が、日本経済が低迷する原因と諸外国との違いを解説します。

日本の生産性を低下させている「ゾンビ企業」の存在

日本は生産性が低いとよく言われます。そんなことを言われても、そもそも「生産性って何?」と思っている人も少なくないと思います。

正確には「労働生産性」と言います。これは、生産活動を行うために投入した「リソース(労働力や資本)」に対して得られた「生産物の産出量」の比率を指しています。

たとえば1日200杯のラーメンが売れるお店があるとしましょう。A店で働く店員は5人で、B店は4人です。A店は5人で200杯ですから、生産性は200杯÷5人で40(杯/人)です。そして、B店は200杯÷4人なので50(杯/人)になります。つまり生産性はB店のほうが高くなります。

つまり、より少ない労働力と資本の投入で、より大きな生産物を生み出せるほど、生産性が高いということになります。

では、日本は諸外国に比べて、本当に生産性が低いのでしょうか。具体的な数字を見てみましょう。

公益財団法人日本生産性本部が2022年12月に公表した「労働生産性の国際比較2022」によると、OECDデータに基づく2021年の日本の時間あたり労働生産性(就業1時間あたり付加価値)は、49.9ドルでした。

これに対して米国のそれは85.0ドルなので、日本のそれは米国に比べると6割弱程度でしかありません。日本はOECD加盟国38カ国のなかで27位であり、データが取得可能な1970年以降、最も低い順位になりました。

また、日本人の1人あたり労働生産性は8万1,510ドルで、こちらはOECD加盟38カ国中29位で、これも1970年以降で最も低い順位になりました。

この1人あたり労働生産性が最も高い国はアイルランドで、22万6,568ドルもあります。2位以下の数字を並べると、

2位 ルクセンブルク:17万4,888ドル 3位 ノルウェー:15万3,118ドル 4位 米国:15万2,805ドル 5位 スイス:14万1,411ドル 6位 ベルギー:13万9,339ドル 7位 デンマーク:13万956ドル 8位 フランス:12万4,350ドル 9位 オーストラリア:12万2,820ドル 10位 オーストリア:12万2,366ドル

これ以上、挙げてもきりがないので、10位までとしますが、これらの国々と比較した場合、日本の労働生産性がいかに低いか、おわかりいただけるのではないでしょうか。

ちなみに、日本よりも1人あたり労働生産性の高い国には、スロベニアチェコトルコリトアニアエストニアといった、GDPの総額では日本よりもはるかに少ない国がたくさんあります。

つまり日本は、GDPの総額では世界第3位という経済大国ではあるのですが、1人あたり生産性は他の国々に比べて低迷しているのです。

日本企業の生産性はまだ引き上げることができる

いま、日本ではさまざまなところで生産性の向上が語られ、それを実現するために、「AI」「EPA」「IoT」「DX」などの導入が急務である、などと言われているのですが、それは確かにそうだけれども、実は根本的な問題はそこにはないと、わたしは見ています。

というのも、全要素生産性で見ると、おしなべて日本企業の生産性が低いわけではないのです。一番の問題は、生産性が下がってしまった企業やビジネスがそのままの形で残っていることによって、全体の足を引っ張っていることにあります。

全要素生産性という、あまり聞き慣れない言葉があります。簡単に説明しておきましょう。

生産性は前述したように「投入量と産出量の比率」を意味します。そして、この生産性は大きく「労働生産性」「資本生産性」「全要素生産性」の3つに分けられます。

労働生産性は、労働力の投入に対して産出された量の比率です。資本生産性は、機械や設備などの資本の投入量に対して産出された量の比率です。

そして、生産量を増やすためには、労働投入量と資本投入量を増やすことで実現できるのですが、ここにはまだ技術力の進化など、生産量を増やすうえで貢献していると思われる他の要素が加味されていません。

そこで、労働や資本だけではない、他の要素も加味した投入量に対する産出量の比率として「全要素生産性」があるのです。

ちなみに労働や資本以外で、全要素生産性を算出するのに用いられている要素には、経営戦略やブランド戦略、技術革新、知的資産および無形資産の有効活用、労働能力の向上などがあります。

こうしたさまざまな要素のうち、日本と米国の生産性の違いを分析すると、最大の違いは市場からの「退出」にあるのです。

前述したように、生産性が大きく落ち込んだ企業が退出せず、マイナスの生産性を引きずったままゾンビ企業として残っているため、全体の生産性が落ちてしまうのです。

これが米国だと、生産性が落ちた企業はどんどん退出を強いられるようになっているため、そこにあったさまざまな生産要素を、他の新しい企業などによって再利用され、より生産性を高める方向で用いられます。

たとえば退出させられた企業で働いていた人たちが、他の、より生産性の高い企業に再就職して働くといったような話です。

ちなみに全要素生産性の各要素について、日米比較をすると、この退出が少ないという1点で、日米の生産性の8割方が説明できてしまう、という分析結果もあるくらいなのです。

ということは、やりようによってはまだまだ日本企業の生産性は、相当程度まで引き上げられるということです。

※書籍の『松本大の資本市場立国論』は、すべての漢字にルビ(読み仮名)が振ってあります。著者の松本大氏が、専門用語の漢字が多く、経済の本を読むことを敬遠していた人にこそ、この本を手にとって欲しいと思っているためです。ルビを振ることで、意味がわからない言葉や専門用語をスマートフォンの音声検索で調べることもできます。漢字にルビを振るという小さなことで、読者が広がり、日本がよくなることへの願いが込められています。

松本 大

マネックスグループ会長

※本記事は『松本大の資本市場立国論』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。

(※写真はイメージです/PIXTA)