日本有数の映画ガイド・高橋ヨシキが新作映画をレビューする『高橋ヨシキのニュー・シネマ・インフェルノ』! 今回はカンヌ国際映画賞で最高賞パルムドールを受賞のミステリーとアメリカ軍兵士とアフガン人通訳の絆を描くミリタリードラマ!

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『落下の解剖学』

評点:★4.5点(5点満点)

© LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE
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われわれが生きるのは「主観的な現実」だけである

雪に覆われた僻遠の山荘で、父親であり夫でもあるひとりの男が転落死する。

事故だったのか、それとも殺人、あるいは自殺なのか? 疑いの目を向けられたのは作家の妻である。死体の第一発見者は視覚に障害のある11歳の息子である。殺人か自殺だとしたらその動機は何なのか。事件は裁判に持ち込まれ、夫婦の関係、その歴史と感情が俎上に載せられることになる。

確定している事実が「ひとりの男が転落死した」しかない状態で、焦点になるのは個人の「主観的な現実」だ。人間は誰しも「主観的な現実」を日々構築して生きており、感情を伴う行動について「客観的な現実」がある(はずだ)、というのは幻想に過ぎない。

主人公は小説家だが、フィクションを書くということはオルタナティヴな「主観的な現実」を構築することでもある。これはそのまま映画にも当てはまる。

本作はそのような現実の重層構造を観るものに突きつける。そこに見えてくるのは、われわれが「他者」を理解するための「窓」がいかに小さく限定的なものか、という情け容赦ない事実である。その小さく心もとない「窓」を通じてわれわれは「他者」を分かったような気になっているだけなのだ。

STORY:視覚障害のある11歳の少年が、転落死した父親を発見する。だが、殺害容疑をかけられたのはベストセラー作家の妻サンドラだった。事件の真相が明らかになるにつれ、家族と夫婦の間の秘密や嘘があらわになっていく。

監督・脚本:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネールほか
上映時間:152分

全国公開中

『コヴェナント 約束の救出』

評点:★2.5点(5点満点)

『コヴェナント 約束の救出』© 2022 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
『コヴェナント 約束の救出』© 2022 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

21世紀の「戦争映画」としては無神経な部分が多い

前半は米軍の通訳に雇われたアフガン人が、負傷したアメリカ人曹長を連れてタリバン支配下の地域をゆく地獄の逃避行が、後半では「命の借り」を返すため、通訳とその家族を命がけで救出するミッションが描かれる。

サスペンスフルでテンポの良い作品だが、どうにも腑に落ちない部分がいくつもある。

ひとつは物語が『ガンガ・ディン』(1939年)や『鬼軍曹ザック』(1951年)のような「相手の土地にやってきた西欧人と、献身的な現地人が強い絆で結ばれる」という定型を脱していないところで、個人の物語としては良いかもしれないが、そもそもなぜ西欧の軍隊(本作ではアメリカ人)がよその国にずかずか上がり込むことが常態化しているのか、という視点はこぼれ落ちてしまっている。

同時に、敵(本作ではタリバン)がきわめて記号的な「敵」、ほとんどFPSゲームのターゲットと同等の存在としてしか描かれていないのも21世紀の映画として無神経に感じられる。

前半部分にはいわゆる「行きて帰りし物語」的な神話性すら漂っているが、『指輪物語』のファンタジー世界では成立する物語が、無情な現実をオブラートでくるむ役割を果たしてしまっては困るのである。

STORY:2018年、アフガニスタン。米軍曹長キンリーの部隊はタリバン兵の奇襲でほぼ全滅するも、キンリーは通訳のアーメッドに救出される。帰国したキンリーはアーメッドがタリバンに狙われていると知り、彼を救うため再びアフガンへ。

監督:ガイ・リッチー
出演:ジェイク・ギレンホール、ダール・サリム、エミリー・ビーチャムほか
上映時間:123分

全国公開中

【写真】『コヴェナント 約束の救出』のレビューにも注目!

高橋ヨシキが映画『落下の解剖学』と『コヴェナント 約束の救出』をレビュー!