2024年年頭、済州島のお歴々が日本に集まって、在日のみなさんと豪華なパーティを開いた。大日本帝国占領下に、済州から日本に渡り、故郷のためにお金を送り続けた韓国人(この時期は、まだ朝鮮人)に、そして今も送り続ける韓国人たちに感謝を伝えるパーティだ。

 済州島シンボル「石で作ったお爺さん(トルハルバン)像」も記念に持ち込んだ。100年前に大阪と済州をつなぐ連絡船「君が代丸」(日本の大切な国歌の名前を不正使用するな)を造った多くのトルハルバンたちにへの感謝も込められている。

 100年前大阪は、ゴム・ガラス・金属・化学・紡績工場がたくさんあった。日本人はそういう「3K」の仕事を嫌ったので、朝鮮人たちが大阪の産業を盛り上げたというのだ。 働く場があるということは、住む場所が必要になる。

 川べりの土地は誰のものだろう。日本国家のものだ。例えばそこになんの建物がなかったにせよ畑など作っていなかったにせよ、増水になればそこも川になる。そういう事態を考えて川べりは存在する。朝鮮人はそこを「日本人が捨てた場所」と考え、いらないなら「朝鮮人がもらってもいい」と考え、粗末なバラックを建てた。もちろん、川べりだけでなく、大阪にも京都にも「朝鮮部落」と呼ばれるいつの間にか朝鮮人だけが住み、現在公費で団地などを建てさせ文化的生活をさせろになった地域はある。まあ、そんなところに住み、猛烈に働いて、朝鮮にお金を送った。

 それ、当時は日本人だったかもしれないけれど、今あらゆるところで、100年前は存在しなかった韓国の権利を主張するのならば、当時も朝鮮人(韓国人)で、不法侵入して、不法労働して、不法にお金を送り、今は日本国家に生活を守られながら何か言うと「差別だ!」として日本人が請求してももらえないお金をもらって、また母国に送っているのが透けて見える。

 済州のお歴々は、日本のあいまいな優しさにこそ感謝しにきたのかしら。

 これからも、日本のこの地で在日にせよ帰化にせよ働いて、また日本国からむしり取って、韓国済州のために頑張ってほしいと挨拶をした。

 商売だとは言え、東京精養軒や大阪帝国ホテル(帝国に反応しないのか韓国人)はなぜ場所を貸すのか。パーティを開かせるのか。朝鮮人による朝鮮人のための朝鮮人が集まる場所を大使館内とかに作って、そこでやってくれ。

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