大事件ばかりがニュースではない。身近で巻起こったニュースを厳選、今回はサラリーマンに関する記事に注目し反響の大きかったトップ10を発表する。第9位の記事はこちら!(集計期間は2023年1月~2023年12月まで。初公開2023年5月19日 記事は取材時の状況)
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 多くの企業が新入社員を迎え入れる春。新卒はもちろん、転職してきた人たちで職場の空気は一変する。だが、業務内容や職場環境など、人により理由はさまざまだが、せっかく就職したにもかかわらず、すぐに退職してしまう人もいる。

「独身の中年男性が狂う理由がよくわかった」。そう語るのは、マスコミ業界を今年はじめに去った後藤利伸さん(仮名・44歳)。激務と上司からのパワハラに耐えかねて、会社には“うつ”といって退職したが……。

◆“うつ”で退職だが病院には行ってない

「実は病院にはいってないんです。私はマスコミにいましたから、製薬会社と精神科医の金儲けのカラクリをよく知っています。適当に病名をつけられ、薬漬けにされるだけ。それで厚生労働省などのチェックリストから自己診断し、独自の方法で療養しています

“独特な医療観”を語りつつ取材に応じている後藤さん。その印象は、よくしゃべる陽気なおじさんで、はたから見ればうつには見えない。しかしここまで回復するには相当の苦労があった。

「まず1か月はベッドのうえで寝ているだけ。どれだけ寝ても眠気がとれず、無限に眠れた。2か月目からはようやく散歩ができ、早朝2時間散歩し、週4日で銭湯に通う日々だった

◆後輩を飲みに誘うも…孤独を思い知る

 次第に体力は回復していくものの、独身の後藤さんには話し相手がいない。あとは共通の趣味をもつ友人ができれば、うつから立ち直れると考えるようになる。

「仕事をやめると、驚くほどスマホが鳴らない。いままでは10分置きに電話がかかってきたり、メールが届いていたのにパタリとやんだ『ああ、私は孤独だった』と思い知らされました。それで人間関係を見直そうと、頻繁に飲みに誘い、熱くジャーナリズム論を語り合っていた後輩に『もう上司部下の関係じゃない。人間同士の付き合いで飲みにいこう!』とメールを送ったのですが返信はありません。それで何度か催促すると、『やめてください。後藤さんの行為はネットスーキングです』と警告されました」

◆投資成功で転職よりも「友人づくり」

 しょせん、会社の人間関係はうわべだけのものと後藤さんは思い知らされた。それならこの機会に学生時代の友人との旧交を温めればと思うが、会社を辞めたことはまだ打ち出せていない。

「飲み会の誘いを『自民党の大物代議士に呼ばれた』『芸能人とパーティにいく』とかなり誇張して断っていました。コンサルや商社など、ほかの業界の景気がいい一方で、マスコミ業界はずるずると業績が落ちていくので、少しでも見栄をはりたかった。だからいまだに無職になったとはいいだせません。それでもまだカネには余裕があるので、ジム、キャンプ、ランニングサークルといろいろなところに顔を出し、新しい友人をつくろうと積極的に話しかけました」

 後藤さんの年収は500万円程度だったものの、コロナショック直後に投資系の記事を担当するようになり、自身も株式投資に目覚めると300万円の投資額が3年で1000万円を超え、いまも金融資産額は順調に推移している。そのためいまは転職よりも友人づくりを優先しているようだが難航中だ。

◆「返信は100文字5000円です」

「いまはLGBTQやエイジレスが当たり前の時代です。ありのままで生きていい。私は社会に出るのが遅れたし、まだ結婚していないから、20代半ばの人たちと話すときにいちばん自分らしくなれる。それなのに、私の恋愛対象世代の女性に『私はマスコミで働いていたから知識も豊富だし、人脈も広い、仲良くなれば、きっとビジネスに役立つよ』と教えてあげても『返信は100文字5000円です。先にPaypayで送ってください』など、ひどい言葉も投げかけられた。

 ありのままという言葉は、一重でも美人な若い女性が二重に整形するかどうか迷っているときにかけられる言葉でしかないと知りました。日本では、中年男性がありのままに、自分らしく生きようとすると、さまざまな誤解を生んでしまう」

 それでも「孤独を放置すればうつを再発してしまう」と危機感を抱いた後藤さんは、友人を探すのを諦めなかった。いろいろなマッチングアプリに登録し、おカネを騙し取られるなど数々の苦い経験を得て、ようやく自分らしく生きられる居場所を見つけた。

◆苦い経験を経て見つけた「居場所」とは?

オンライン英会話です。月7000円せずに海外の人と話し放題。性別、年齢や国籍などで講師を検索でき、東南アジア、東欧の女性も多い。日本の女性のようにすれてないし、おカネだけじゃなくて、ちゃんと私の内面を見てくれる。

 英語は苦手だったんですが、日本人と話してイヤな思いをするのに比べれば、英語を話す苦労なんてたいしたことじゃない。スラスラ話せるようになった英語を誰かに自慢したくカフェでもレッスンを受けていたのですが、苦情があったのか禁止されてしまった。いまは一日中公園のベンチに座って、スマホで会話しています

 毎日3~5時間の“同世代”の女性たちと楽しい英会話で、後藤さんは今後の生活を考えられるまでに立ち直った。「公園には売れない漫才師がよくネタ合わせしている。彼らが売れて公園からいなくなるより先に、自分らしく生活できる国へ脱出したい」。

 円安の影響で若者の出稼ぎが話題となっているなか、生き方を模索する中年男性の海外移住も広がるのか。

<取材・文/柏木隆之介>

【柏木隆之介】
編集プロダクション、出版社を経て独立。ビジネス系からカルチャー系まで多岐にわたって執筆する。趣味は映画観賞、自伝研究、筋トレ

インタビューを受ける後藤利伸さん(仮名・44歳)