現在開催中の第74回ベルリン国際映画祭も終盤を迎え、話題作が出揃った。コンペティション作品のなかで評判がいいのはマリヤム・モガッダムとベタシュ・サナイハ監督によるイラン映画「My Favourite Cake」と、ネルソンカルロス・デ・ロス・サントスアリアス監督によるドミニカ共和国の「Pepe」だ。

前者は、70歳を迎えた未亡人のヒロインが、出会いを求め、妻に先立たれたタクシー運転手と一夜を共にする物語。前半はコミカルなトーンで穏やかな笑いを誘うものの、クライマックスで孤独な老人の悲哀が一気に胸に迫る作りが上手い。背景には女性が抑圧されるイラン社会に対する批判がある。監督ふたりは海外渡航を許されず、代わって主演俳優たちがふたりの写真を掲げてフォトコールに臨んだ。

後者はアフリカで捕獲され、コロンビア動物園に連れてこられたカバの物語を描いたもので、カバが観客に語りかける仰天の内容だ。ただしカバの視点で描かれる部分とそうでない部分が混ざっている。全編カバ視点であれば、さらにオリジナルなものになったと思われるが、金熊賞の下馬評は高い。

変わり種ではイタリアの若手作曲家、マルゲリータ・ビカリオが監督した19世を舞台にしたミュージカル「Gloria!」やブリュノ・デュモンが「スター・ウォーズ」などのSF映画をパロディにしたシュールコメディ「The Empire」が印象に残った。今年のコンペティションは、オリビエ・アサイヤス、ホン・サンス、アブデラマン・シサコらベテランの名前も見られたが、評価はいまひとつだった。

華やかなゲストとともに話題をさらったのは、ベルリナーレ・スペシャル部門の2作品、クリステン・スチュワートとカティ・オブライエンが共演したローズ・グラス監督のクライム・スリラー・ロマンス「Love Lies Bleeding」と、テレビシリーズ「チェルノブイリ」で知られるヨハン・レンクがメガホンを握ったNetflix制作、アダム・サンドラー、キャリーマリガン共演の「Spaceman」だ。

グラス監督の作品はA24が制作に入っている、強烈なジャンル映画。アメリカの田舎町でジムに勤めるルーが、ラスベガスで開催されるボディビルダー・トーナメントを目指す宿無しのジャッキーと出会い恋に落ちるが、そこから予期せぬハプニングが起こる。ローズ監督は参考にした作品はないと語っているものの、「バッドランズ」と「テルマ&ルイーズ」を足して現代的にチューンアップしたような感じだ。ベルリンにはローズ監督とスチュワートが出席した。

審査員長を務めた昨年に続くベルリン参加となったスチュワートは「毎年映画祭に来てもらえるか?」という問いに、「もちろん機会があれば。ベルリンはとてもクールな映画祭だし、ここに居ることは大好き。でも毎回気後れはする」と答えた。また本作のテーマのひとつである愛の難しさについて問われると、「愛とは主観的なもの。他人のパースペクティブを完璧に理解できるというわけではない。でもわたしは、愛とは一般的に素晴らしいものだ、とも言いたい」と主張した。

「Spaceman」の記者会見には、レンク監督とともに主人公の宇宙飛行士に扮したアダム・サンドラーと、彼の妻を演じたキャリーマリガン、声で参加したポール・ダノらが出席した。任務を受けて宇宙にたったひとりで飛び立ったヤクブは、宇宙船のなかで、彼に話しかける謎の巨大蜘蛛に遭遇する。とはいえ本作はSFアクションではなく、あくまで飛行士の孤独を見つめたドラマで、ジェームズ・グレイの「アド・アストラ」を彷彿させられた。

ベルリン国際映画祭は初参加となったサンドラーは、会場の興奮ぶりにむしろ驚いた様子で、「ここに来てみんなの温かさに感動している。昨夜は監督たちとご飯を食べに出かけて、そのあとクラブに行ったら閉まっていていたんだけど(笑)、代わりにバーに行ってその分みんなとじっくり語り明かせたのがよかった」とベルリン初ナイトのエピソードを披露。さらに「ここに来る時に車を降りたらキャリーがファンに囲まれていて、一方ポールは400匹ぐらいの蜘蛛に声をかけられていたよ」とお得意のジョークで会場を沸かせた。「最近はコメディよりもドラマが多いが?」という質問に、「たしかに。そう願っている。本作は素晴らしい脚本だったし、わくわくするようなプロセスだった。素晴らしいスタッフと共演者で映画の出来もとても気に入っている」と胸の内を明かした。(佐藤久理子)

「Spaceman」キャスト陣 (C)Alexander JanetzkoBerlinale2024