近年、大学卒業が一般的な最終学歴となりつつある日本。自分の子どもに対し、「せめて大学は出て欲しい」と思う親も増えてきています。一方で、大学卒業後に奨学金の返済に苦しめられ、「そこまでして大学に進学する意味があったのだろうか」と後悔する若者も多いとか……。本記事では、増加するAさんの事例とともに奨学金返済の厳しい現実について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。

東京への憧れを捨てきれず、家族の反対を押し切って就職

Aさんは都内の企業に採用になった社会人1年目、23歳の女性です。関東西北部の出身で、実家は古くから繊維業を営み、昔はそこそこの資産家でしたが、いまは父親も普通のサラリーマンで、大学までは地元で暮らした普通のお嬢さんです。

祖父母が教育熱心な人達だったので、子どものころからピアノやバレエを習うなど、お金をかけてもらえましたが、高校生のときに祖父が大病をし、祖母も介護状態になったころから家計も厳しくなってきます。

中学生のころから東京への憧れが強かったAさんは、どうしても東京の大学に進みたかったのですが、家計が厳しかったため、奨学金を借りて地元の私立大学へ進み、実家から通いました。

高校卒業後に東京へ出て働こうとも思ったのですが、祖父母や両親から「いまの時代、大学くらい出ておいたほうがいい」と説得され、特に目標もなく入れる大学に入った、という感じでの進学でした。

そんなAさんも大学を卒業し、家族の反対を押し切って東京のアパレル企業に就職します。都内にワンルームマンションを借りて、待望の東京での一人暮らしをスタートさせました。

月1万5,000円の返済に苦しめられる

もともと甘やかされて育てられたAさん。正直、お金のことには無頓着でした。しかし、東京は物価も高く、手取り16万円程度の給料に家賃だけでも8万円を超える生活に頭を悩ませるようになります。

そして、これに加えて奨学金の返済が苦痛です。Aさんは、300万円を借り入れたため、毎月約1万5,000円程度の返済になります。(返済期間17年、貸与利率0.3%で算出)わずか1万5,000円程度、と思われるかもしれませんが、都会での生活では貯蓄をする余裕もありません。 

上京に反対していた母親もときどき食料品を送ってくれますが、家計を回せていない状況です。勤務先がアパレル企業ということもあり、周りの人と同じようにおしゃれにもお金をかけたいのですが、家賃や奨学金の返済がネックとなり、光熱費も食料品も上がってきた昨今では、思い描いていたような生活が送れなくなってきました。

「SNSではみんなハイブランドの服やバッグを持って、休みの日はホテルステイしている。でも私は今月の家賃と奨学金返済で頭がいっぱいです。こんなはずじゃなかったのに……」

奨学金返済に苦しむ若者の実態

奨学金とは、経済的な理由や家庭の事情で進学が難しい人に対し、学費の給付や貸与を行う制度で、卒業後に返済が始まる「貸与型」と、返済不要の「給付型」の2種類があります。

独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)のほかにも、大学や地方自治体、民間団体など多くの団体で奨学金が利用できます。独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の「令和2年度学生生活調査結果」によると、奨学金を受給している大学生の割合は49.6%、短大生は56.9%となっています。

教育資金の借り入れには教育ローンもありますが、奨学金(貸与型)との大きな違いは、子ども名義の借り入れになる、という点です。

教育ローンの場合は、親の名義で借りて、親が返済していくことになりますが、貸与型の奨学金は子ども自身の名義で借りて、卒業後は子ども自身が返済していくことになります。つまり、社会に出た時点で借金を抱えたスタートになってしまうのです。

独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の「令和3年奨学金の返還者に関する属性調査結果」によると、延滞している理由は、「本人の低所得」が63.8%で最も高く、次いで「奨学金の延滞額の増加」が36.7%、「本人の借入金の返済」が30.0%となっています。

労働者福祉中央協議会の「奨学金や教育費負担に関するアンケート報告書」(2022年9月)に実施によると、奨学金の平均借入総額は310万円、毎月の返済額は平均約1万5,000円となっており、返済の苦しさについては、「苦しい」は 44.5%で、このうち「かなり苦しい」(20.8%)の比率は高まっています。

返済を「延滞したことがある」という人は 2022年で26.9%で4人に1人おり、2018年の18.3%に比べても増えています。コロナ前と比べた返済状況では「変わらない」が6割強、「苦しくなった」が 26.0%と4人に1人以上となっていて、コロナによる影響もあることがわかります。

救済制度を利用する

独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)では、返還が難しい事情が発生した場合、次のような制度を利用することができます。

(1)月々の返還額を少なくする(減額返還制度)【減額返還制度】 一定期間、月の返済額を2分の1または3分の1に変更することができます。返済期間は返済額を2分の1にした場合は2倍、3分の1にした場合は3倍になります。適用期間は最長15年で、1年ごとに願出(制度の利用を願い出る願書を提出すること)が必要です。

(2)返還を待ってもらう【返還期限猶予制度】 災害、傷病、経済困難、失業など返還困難な事情が生じた場合に、一定期間返還期限を先送りする制度です。適用期間は最長10年間で、1年ごとに願出が必要です。

これらに加えて、令和6年能登半島地震に遭われた返還者にも返還期限猶予の制度が設けられています。いずれの制度も申請が必要で、借入金がなくなるわけではありませんが、どうしても大変な場合は利用を検討してみましょう。

滞納してしまうと、延滞金が発生し、延滞が3カ月以上続いた場合には個人信用情報機関(ブラックリスト)に登録されてしまいます。個人信用情報機関に登録されてしまうと、クレジットカードの発行ができなくなったり、自動車ローンや住宅ローンなどのローンが組めなくなったりする場合もあります。

返済が厳しくなったら、滞納する前に、まずは窓口に相談してみましょう。

Aさんのその後

Aさんは都会での生活に疲れてしまい、結局は母親の勧めで仕事を辞めて実家に戻ってしまいました。

「都会の一人暮らしはお金がかかりすぎます。父親には『いきがって出ていったくせに1万5,000円程度の返済もできないのか』と怒られましたが、本当に大変だったんです。私のお給料が低いのかもしれませんが、自分の収入に見合った生活を考えると、実家に戻ったほうがベストだと判断しました。再就職先でのお給料は若干減りましたが、お小遣いも増えたし、結婚資金も貯められます。いま考えると、何百万円もかけて大学に行っても私にとっては時間とお金の無駄使いだったと思います。将来のことを考えて、もっとちゃんと勉強しておけばよかった、と反省しています」

と、Aさんは言います。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)