税務調査といえば、個人事業主や富裕層といった一部の人以外には無関係に聞こえるかもしれません。しかし、実際には誰もが税務調査の対象なのです。今回「預金の取り込み」が税務署にバレた事例をもとに、多賀谷会計事務所の税理士でCFPの宮路幸人氏が相続における注意点を解説します。

【登場人物】

Aさん(兄):50歳/非正規社員/独身/年収300万円/住まいは実家

Bさん(妹):47歳/薬剤師/既婚/年収800万円/住まいは都内分譲マンション

Aさんは、新卒で商社に入社も職場になじめず、わずか1年で退職。その後、いくつかの職を転々としていた。35歳のころ、母親が体調を崩したことをきっかけに「介護のため」と実家で暮らすことに。実家から通える工場に勤務している。10年ほど前に母が逝去したあとは父親と2人暮らしだったが、その父親も約2年前に亡くなり、現在は実家で1人暮らし。介護も相続もほとんどAさんが1人で対応した。

Bさんは、大学進学を機に上京し、都内で薬剤師として働いている。同僚である夫と共働きで、子どもは2人(16歳と13歳)。子どもは2人とも私立中学に入学しており、受験が忙しく実家にはほとんど帰っていなかった。介護や相続の対応をほとんど兄に任せていたことに申し訳なさを感じていたが、父親の相続で兄に不信感を抱くことに。

父の相続でBさんが抱いた「兄への不信感」

AさんとBさんの父親は元教師で、地元の小学校で校長まで務めていました。

約2年前、以前から体を悪くしていた父親が逝去。Bさんは、わが子の中学受験などで忙しく、親の介護や葬儀、相続などはすべて兄のAさんに任せっきりでした。ただ、Aさんからも特に相談がないまま相続税の申告の直前に、相続財産は自宅と500万円のみとの報告が。

えっ、たったそれだけ?…少なすぎる相続財産の謎

Bさんは生前の父親からおおよその貯金額を聞いていたため、預金が500万円だけだと聞き、驚きを隠せませんでした。急いで実家へと帰り、兄と遺産分割の話し合いをすることに。

Bさん「ねえ兄さん、なぜお父さんの預金が500万円しか残ってないの? お父さんは公務員で年金も多いから、生活費はそれで足りるはずだし、おかしいと思うんだけど」

Aさん「何が言いたい? 俺が使ったとでも? ずっと親の面倒を見ていたのは俺だぞ。介護にもお金がかかったし、父さんの普段の生活費や入院、介護で色々と必要な分を使ったんだよ」

Bさん「お父さんが退職した時は5,000万円ぐらい貯金があると聞いていたわよ。いくらなんでも減りすぎでしょ。それに兄さん、ずいぶんといい車に乗ってるよね。高そうな時計も持っているし。それは自分のお金で買ったの?」

Aさん「自分で買ったに決まっているだろ! 失礼なやつだな。ずっと親の面倒をみてきた兄に向って。そんなに言うなら残っている500万円はすべてお前に渡すよ! それで満足だろ!」

Bさん「……」

結局、Aさんが実家を相続し、Bさんは預金500万円を相続することでひとまず相続税の申告をすることとなりました。

明らかにおかしい…納得のいかないBさんは税務署に相談

しかし、相続税の申告後もやはり納得のいかないBさんは、思い切って税務署へ相談することにしました。

税務署からは

お兄さんが親の預金を親のために生活費として使っていたのであれば、問題にはなりません。ただし、親の預金を自分の蓄えとしたしたり、自分の車を購入するなど、自分のために使っていたのであれば『預金の取り込み』に該当するため、相続税の申告漏れに該当します」

と教えられました。

Bさんは税務署の職員に、父親の預金が5,000万円ほどあったこと、年金額は個人年金等を含めると月30万円近く受給していたこと、また堅実で質素な性格であたったため、お金のかかる趣味や浪費癖もなく、年金額だけで月々の生活費は賄えていたはずであったことを伝えました。さらに、兄はずっと非正規雇用で働いており、亡くなる2~3年前ぐらいから父親に認知症の症状がみられ、その辺から兄の生活ぶりが派手になってきたことなどを詳しく説明しました。

Bさんから相談を受けた税務署は、その話に信憑性を感じ、亡くなった父親と子どもたちの預金通帳を遡って調べることに。するとたしかに、父親が亡くなる2~3年から、預金の引き出しが頻繁に行われているということが判明。税務署はBさんの相談が事実であるらしいという感触を得たため、相続税調査を決断しました。

Aさんに「相続税調査」の連絡が

相続税調査はAさんとBさんが立ち会うこととなりました。もちろん、調査官はBさんから密告を受けたなどということは話しません。

税務調査の際、Aさんは父親の預金残高が減っているのは、あくまで父親の生活費として使われたものであり、私が購入した車などは、あくまで自分の働いてきたお金やいままで貯めていた預金から支払ったものだとの主張をしてました。

調査官「お父さんに認知症の症状がみられるようになったのはいつごろからですか?」

Aさん「はっきりとは覚えてないけど、亡くなる2~3年ぐらい前からだったかな」

調査官「ちょうどその時期から、突然50万円単位で頻繁に預金がおろされるようになっていますが、これは何でしょう? それ以前は月に20万円ほどの金額で生活されていたようですが……」

Aさん「(なんで知っているんだ!?)それは、生活費として使いたいからと親父に言われて、俺が銀行から下ろした金だよ。親父は体を動かすのがツラそうだったから、代わりに俺が動いていただけ」

調査官「下ろしたお金と同じ金額が同日にAさんの口座に入金されていることが多いですね。これはそのお父さんのお金ではないですか? また、2年前に500万円というまとまったお金が下ろされていますが、これはがAさんが車を購入した時期と一致していますね」

Aさん「……」

税務調査の結果、およそ4,000万円の「預金の取り込み」が判明。相続税の追徴税額と悪質な財産隠しだと判断され、ペナルティとして重加算税を課されることとなったのでした。

「預金の取り込み」は“身内の密告”で発覚するケースが多い?

税務署はなぜ父親とAさんの通帳の動きを把握していたのでしょうか。実は、調査官の職権で、故人やその相続人家族全体の預金口座を調べることができるのです。

相続税の調査の場合、おおむね10年ほど遡って家族の預金口座を調べてから調査が実施されます。このため、銀行資金の流れで預金の取り込みの発覚に至りました。

預金の取り込みは、今回のように「身内からの密告」がきっかけで判明するケースが少なくありません。身内からの密告は信憑性が高い場合が多いため、追徴課税を取れると判断され、税務調査に至る可能性は高くなります。

定期的に状況を把握していない場合、相続トラブルに発展しやすい

「預金の取り込み」は親が元気のうちはあまりないですが、親の認知機能が低下すると、同居している家族によって行われることがあります。

また、まじめに介護していたとしても、相続の際に別居している別の相続人から預金の取り込みを疑われる場合があります。こうしたトラブルを防ぐためにも、きょうだいで細目に連絡を取りあう(状況を共有しておく)ことが大切です。

なお、もしも細目な情報共有が難しい場合には、親の預金を引き出した際、なにに使ったのか後で説明できる領収書等を保存しておくと良いでしょう。

宮路 幸人

多賀谷会計事務所

税理士/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)