団塊世代が「後期高齢者」の年齢となる2022年以降、日本各地で始まると予想される「相続ラッシュ」。とりわけ、「これからの家族の系譜で相続の問題は複雑化し、悩ましいものになっていく」と、不動産事業プロデューサーの牧野知弘氏は言います。牧野氏の著書『負動産地獄 その相続は重荷です』より、その理由についてみていきましょう。

ついに後期高齢者となった「団塊世代」

団塊世代と言われる1947年から49年に生まれた人は、出生数約806万人。この世代は日本の人口ピラミッドの中で常に最大派閥を形成してきました。

彼らが18歳から22歳の大学生にあたる頃、国内では70年に期限を迎える日米安保条約の延長をめぐり、全共闘や左翼系諸派の学生運動が盛んになりますが、この中心にいたのが彼ら団塊世代です。

彼らの多くは安保闘争が終息すると、これまでの過激な思想をすっかり翻して企業などに就職、企業戦士として今度はそのあふれる情熱を仕事のために注ぎ込みます。特に企業組織の中にあって最も脂がのる40歳前後、彼らは平成バブルの真っただ中にいました。彼らは世界中を飛び回って優秀な日本製品を売り込み、国内外の不動産を買いまくり、稼いだカネを銀座や六本木で豪快にばらまきました。

私は団塊世代からはひとまわりほど下の世代にあたりますが、サラリーマン時代は元気にやりまくった諸先輩方のプロジェクトの「後始末」に追われる日々でした。

彼らは常に声が大きく、学生運動などで鍛えたリーダーシップを随所で発揮し、常に集団(チーム)で行動することを美学とする、体育会系的な方々でした。製薬会社の広告の、どこにでも出没して猛烈に働くJapanese Businessmanの象徴的存在が彼らだったのです。

彼らの多くは、一部経営者などで残っている人を除いて、すでに企業社会では一線を退かれています。しかし、リタイア後の彼らは、今度はその元気を国内外の旅行や地域活動などに発揮して、活躍の場を広げています。年金も後続の世代に比べれば潤沢。大企業に勤めていた人達などは、厚生年金に加えて手厚い企業年金を受け取るなど、経済的には恵まれた層とも言えます。

さてこの元気いっぱい世代も47年生まれを皮切りに、2022年から後期高齢者(75歳以上)の仲間入りを始めました。日本人の健康寿命は男性が72.68歳、女性が75.38歳(2021年)です。全員が今後も元気に過ごせる年齢ではなくなっています。実際に2021年時点での団塊世代人口は600万人ほど。出生時の75%に減少しています。

これから平均寿命である男性81.47歳、女性87.57歳までのあと5年から10年の期間にこのうちのかなりの方が亡くなる、つまり相続が発生することになります。

2021年時点での後期高齢者人口は全国で1,865万人です。このカテゴリーにあとわずか3年間で現在の数の3分の1に相当する600万人近くもの「新人」が加入してくるインパクトは絶大です。そして健康寿命を超え、寿命を全うし始めたときに生じるのがこれから日本で確実に起こる相続ラッシュなのです。

恐ろしい…首都圏でも確実に発生する「相続ラッシュ」

さてこのことを首都圏(1都3県)に的を絞って考えてみましょう(図表)。

首都圏における高齢者人口(65歳以上人口)は914万人、このうち478万人が75歳以上の後期高齢者です。団塊世代はまだ後期高齢者にはカウントされていません。この時点で首都圏に住む団塊世代は東京都で51万8,000人、神奈川県で39万2,000人、埼玉県で34万5,000人、千葉県で29万8,000人の計155万3,000人にのぼります。

首都圏でも例外なく相続ラッシュになることが容易に想像されます。団塊世代の多くは1980年代を中心にマイホームを首都圏の郊外部に取得しています。これらの家は一次相続時点では配偶者に無事引き継がれるでしょうが、二次相続になると、彼らの子供の多くが、果たして親の残した家に住むことを選択するでしょうか。

そして親の残していく財産の中でも、このマイホームが意外な厄介者になる可能性があるのです。

国内では初めて相続ラッシュの時代を迎えます。日本は戦争で多くの国民を失いました。戦後から平成にかけて亡くなった多くの人たちは戦争で苦労をし、廃墟の中から立ち上がってきた人たちです。人口ボリュームも小さく、また金融資産や不動産といった財産も少なかったのです。

団塊世代の方々でも親からたくさんの遺産を相続したという人は少なく、せいぜい地方の実家、付随した田畑や山林などでした。きょうだいも多いので資産は分散し、相続争いなどもごく一部のお金持ちの話に限られていました。

世代が代わり新たな問題となるのは、これから亡くなる方の多くが、ある程度の金融資産を持ち、マイホームを持っているということです。戦後3世代、あるいは4世代目に引き継がれていくこれからの家族の系譜で、相続の問題は複雑化し、悩ましいものになっていきます。

どうやら団塊世代が後期高齢者入りを果たす2022年以降は、相続激増の号砲が鳴り響く時代と言えそうです。

広い一軒家に一人…「マイホーム」を持て余す妻たち

世の中では一般的に男性よりも女性のほうが長生きです(平均寿命男性81.47歳、女性87.57歳)。また夫婦の年齢構成も、特に高齢世帯になるほど男性のほうが年上である割合が高くなります。つまり一般的な世帯では、平均寿命から考えても、まず男性から亡くなることになります。

団塊世代以上、つまり後期高齢者の世帯では妻の多くが専業主婦でした。団塊世代の多くが結婚していた1980年では、専業主婦世帯と共働き世帯の割合はおおむね2対1でした。現在はその割合が完全に逆転して1対2くらいになっていますが、当時は職場結婚でも女性が退職して専業主婦になるのがあたりまえでした。

80年代、東京の地価はバブルのピークを目指してうなぎのぼり。団塊世代は都心ターミナル駅から郊外に延びる鉄道沿線にマイホームを求めました。妻にとっては、夫が毎朝毎夕、都心にある会社まで通勤をする。自分は家事、子育てに専念するという完全な分業体制にありました。

したがって立地は地価の安い郊外に限定され、自然環境や子供の教育環境が重視されました。お受験が盛んになったのもこの頃から。郊外衛星都市駅前の学習塾には夜になると、子供を迎えに来る車が列をなしましたが、ハンドルを握るのは妻たちでした。

子供たちが学校を卒業し、夫が定年退職を迎えると、ローンを必死に返してようやくわがものとなった家の中も、子供部屋が空いてなんだか妙に広く感じるようになります。そしてそれから夫が亡くなると、いよいよこの広い一軒家をどうしたらよいのか妻たちが悩むようになります。

夫亡き後の家は、必ずしも快適ではなくなっている

私の知人で、千葉県大網白里市1990年代初期に大手デベロッパーが分譲したニュータウン内の戸建て住宅に住む女性がいます。夫は5年前に亡くなり、現在は彼女が家を相続して住んでいます。年齢はすでに70歳を超えていますが今でも大変お元気で、地域コミュニティの世話役をやり、地域内にそれなりに友人も多いそうです。

ところが彼女に話を聞くと、とにかく早く引っ越したいと言います。理由は、家が広すぎて管理が面倒とのこと。家は普通の戸建て。床面積120m2くらいの4LDKです。

ご自身は独り身になって、別に寂しいわけではないそうですが、家の掃除が大変。また駅まではバスが基本。バスは往時よりどんどん本数が減ってしまい不便なことこのうえない。まだ車の運転ができるが、そろそろ免許も返納したい。周囲は年寄りばかりになり街に活気もなく、タウン内にあったスーパーもなくなり、買い物にも苦労する。ところがなかなか希望の値段で家を買う人も現れない。こんな嘆きが延々と続きます。

この年代の方々は、夫の会社への通勤と、年収で買うことができる範囲で家選びをしてきました。専業主婦の妻の要望は家族の健康などのささやかなものでした。夫が亡くなり相続によって得た家は、自由な身となった妻たちにとって、必ずしも快適ではなくなっているのです。

この知人にどんな家に移りたいのかと聞くと、必ずしも都心に出なくてもよいけれど、マンションがよいと言います。鍵一つで出入りができるし、車に乗らなくても困らない生活がしたいとのことです。

これは郊外ニュータウンにかぎったことではありません。夫が亡くなったあと妻が生きる時間は長くなっています。相続する家が必ずしも快適でなく、その維持に汲々とする妻が増えています。

昔は、先祖代々の家を守らなくてはならないといった「家」という概念に縛られてきましたが、郊外ニュータウンの家に守らなければならないだけの理由も歴史もありません。また多くの人が都会に出て行ってしまい、人口減少や激しい高齢化が進展する地方で、家だけをどんなに守っても将来が俯瞰できない、そんな事例が増えているのです。

残された家という財産が、必ずしも妻たちにとって貴重なものではなくなってきています。家の扱いに悩むのはほとんどが妻、女性たちになるのがこれからの相続問題です。

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)