日本と異なり、まだまだ国際的な寝台列車が走っているヨーロッパ。なかでも東欧は、旧ソ連製の列車に乗れます。今回、国際レーサーの筆者が “ウクライナのお隣” まで寝台列車に乗り、激レア体験までしてきました。

西と東で異なるヨーロッパの国際列車事情

日本では、いまや定期便の寝台列車は、東京~高松・出雲市間を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」のみで、もはや機関車が客車を引いて走る寝台特急の姿は遠い昔の話となってしまいました。しかし、ヨーロッパに目を転じると、寝台列車は比較的安価で移動できる交通手段として健在であり、しかも陸続きの国どうしでは国境を跨ぐ国際列車として、いまだに運行されています。

ひと昔前では、ヨーロッパも国ごとにパスポートコントロールが存在したため、その都度パスポートを提示し、入国のハンコを押してもらわなければならなかったのですが、今はEU(ヨーロッパ連合)ができ、さらに「シェンゲン協定」が締結されたことにより、加盟国間では国境検査なしで出入国が可能に。おかげで、ほぼ国内旅行のように加盟国間を行き来することができます。

西ヨーロッパに限っては近年、フランスTGVを始めとした高速列車も普及しているため、寝台列車自体も珍しいものとなってきているのが現状です。

しかし、東ヨーロッパ方面は、EU加盟国であってもこのシェンゲン協定に参加していない国や、そもそもEUに加盟していない国、まだ高速列車の導入が遅れている国などが複数存在するため、いまだに客車を引いた列車が多数行き交っているほか、国境を越える際にパスポートコントロールが存在するなど、いわゆる日本人がイメージする国際列車というものが存在します。

筆者(大久保 光:レーシングライダー)は、このたび東ヨーロッパ域内を移動する際に国際夜行列車に乗ってみました。じつは、日本だけでなく西ヨーロッパなどでも行われることのない激レア作業などを間近で見ることができたので、その様子をお伝えします。

東ヨーロッパを疾走する旧ソ連製の寝台特急

今回、乗車したのはルーマニアの首都ブカレストを起点に、モルドバの首都キシナウまで行く国際夜行列車です。この路線は、上下とも毎日定期的に運行しています。ちなみに、日本のパスポートであれば、両国とも90日以内ならビザなしで入国できるので、比較的日本人にも乗りやすい国際列車といえるでしょう。

客車は比較的短い5両+2両の7両編成で、そのうち5両が寝台車で終点のキシナウまで向かいます。なお、残りの2両は普通の座席列車で、ルーマニア国内のヤシ止まりです。

寝台車はモルドバのものが使用されているため、旧ソ連の車両である一方、普通座席の客車はルーマニアのものであることから、車両の大きさが違うのも特徴的です。ソ連製の客車の方が、ルーマニアのものと比べて一回り大きくなっています。これは両国で線路の幅が違うことにも起因しているようです。

始発駅のブカレスト中央駅から列車に乗り込みます。切符はモルドバ鉄道のホームページもしくは現地の切符売り場の窓口から購入することができます。なお、車内販売などはないので、事前に駅ナカの売店で翌日の朝ごはんや、小腹が空いたときに口に入れる食料品などを買っておくと良いでしょう。

19時20分、定時通りにブカレスト中央駅を出発します。寝台車は2人部屋と4人部屋の2種類あります。日本で走っていた寝台列車のようにカーテンで区切られているわけではなく、1部屋に2つのベッドがあるか、もしくは4つのベッドがあるかの違いなので、見知らぬ人と同室になることもしばしば。そこも列車の旅の醍醐味と言えるかもしれません。

ブカレストからヤシまでのルーマニア区間は電化されているので、電気機関車に引っ張られて進んでいきます。冬だと、出発の頃には日が落ちて真っ暗な中をひたすら走り抜ける感覚ですが、夏場ですと日が長いためルーマニアの荒野の車窓を楽しむことができます。

国境付近で行われた激レア体験 毎日実施中!

夜中の12時頃にヤシ駅へ到着。ここで前2両の普通座席の客車は切り離されます。加えて、モルドバ国内は非電化区間となるため、電気機関車からディーゼル機関車に付け替えられ、国境を目指して再び走り出します。

両国間にかかるエッフェル橋を渡ると、そこはもうモルドバ。それから少し進んで、国境付近の街のウンゲニで列車は一時停止します。ここで国境警備隊の隊員が列車に乗り込み、パスポートコントロールが始まります。

このときの時刻は夜中の2時を過ぎたところですが、パスポートコントロールのため起きなければなりません。簡単な質問の後、パスポートを国境警備隊に預けてしばらく待つことになります。その間に列車はウンゲニの車両基地に入りますが、乗客は外に出ることができません。

この車両基地で何を行うかというと、日本や西ヨーロッパの国ではまず行われない、列車の台車交換です。こちらは先に述べたとおり、ルーマニアモルドバでは線路幅の規格が違うためで、同じ台車ではモルドバ国内の線路を走ることができないからです。そのため、毎日このパスポートコントロールの時間を使って客車の台車も交換しているとのことでした。

乗客が乗車したまま、専用のジャッキで客車を両側から挟んで持ち上げて台車と客車を分離します。想像以上に高く持ち上げられるのですが、その作業はゆっくりで、いつの間にか高くなっているといった印象でした。そして、その持ち上げられた客車の下を台車が駆け抜けていきます。

各台車が指定の場所に固定されると再びジャッキにより客車がゆっくりと下ろされて台車交換は完了です。そのタイミングで、再び国境警備隊の隊員が乗車してきてパスポートが返されます。そのときに、名前とスタンプがしっかり押されているかの確認を忘れないでください。

ルーマニアとは景色も一変 でも、それがイイ?

台車交換とパスポートチェックを終えると、列車は再び動き出しますが、ほどなくしてウンゲニ駅に停車します。ここで少しばかり停車したのち、列車はゆっくりとした速度で走り出します。お世辞にもモルドバの線路は整備されているとは言い難いため、列車もそこまでスピードを出すことなく、ゆっくりとしたペースで進んでいきます。

ただ、ウンゲニから終点のキシナウまではノンストップで走ります。非電化区間の単線ゆえに、ローカル線のような雰囲気とモルドバの荒野、そして地平線から顔を出す朝日といった車窓を楽しむことができます。

午前8時30分頃、筆者が乗る列車は定刻より少し遅れたもののキシナウ駅に無事、到着しました。合計で約11時間の寝台列車での旅となりましたが、日本では経験のできない鉄路での国境越え、そして台車交換と面白い体験をすることができました。

11時間の列車旅と聞くと気後れするかもしれませんが、飽きることがないので、とても有意義なものになること間違いなしでしょう。前述したとおり、ルーマニアモルドバの両国は90日以内ならビザが必要ないので、他の路線よりも比較的乗りやすいと思います。時間のある方はぜひ、チャレンジしてみてください。

今回、筆者が乗った寝台客車。旧ソ連製のものと思われる(2023年、大久保 光撮影)。