女子SPA!で2024年1月に公開された記事のなかから、ランキングトップ10入りした記事を紹介します。(初公開日は2024年1月28日 記事は取材時の状況)


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 単なる二世俳優なら、そこら中にいるが、ときにごく限られた才能だけが驚異の輝きを放つことがある。



さよならエストロ~父と私のアパッシオナート~』公式サイトより



 毎週日曜日よる9時から放送されている『さよならエストロ~父と私のアパッシオナート~』(TBS)にチェリスト役として出演する逸材……。


「イケメンとドラマ」をこよなく愛するコラムニスト・加賀谷健が、桁外れのポテンシャルに驚いた本作の佐藤緋美(さとう・ひみ)とは?


◆佐藤緋美は本作でただ一人、静けさに包まれた人物
 西島秀俊主演の『さよならエストロ』は、クラシック音楽ドラマとしては、ちょうど『のだめカンタービレ』(フジテレビ、2006年)と『リバーサルオーケストラ』(日本テレビ、2023年)の間くらいの作風だろうか。


 リアリティ面では両作に対して明らかに劣勢ながら、それでもどこか魅力を感じるのはなぜだろう?


 西島扮する世界的な指揮者・夏目俊平を筆頭に、いつもおどおどしている市役所職員にして晴見フィルハーモニーの楽団長・古谷悟史(玉山鉄二)、ちょっと陰険な同楽団のコンサートマスター・近藤益夫(津田寛治)、それから自由奔放なフルート奏者・倉科瑠李(新木優子)。


 などなど、騒がしくも楽しげなキャラクターが揃っている。これはどこか『のだめカンタービレ』的なテンションのにぎやかさでもあるのだが、ひとりだけ妙に静けさに包まれた人物がいる。その人がどうにも気になる。


◆天才チェリストを入団リクルート




 その人の担当楽器は、チェロ。しかも市民オーケストラのレベルではない、超絶的な腕前。コンクール受賞歴もある地元の神童で、ソロCDリリースも早く、輝かしいデビューだった。ただひとつ、息子のマネージャーだった母親のプライドの高さが難点だった。


 トランペット奏者・森大輝(宮沢氷魚)の祖父・小村二朗(西田敏行)が、定期演奏会への出演オファーを打診したとき、母親はとんでもないお門違いだと激昂したらしい。そんなこんなで天才チェリストの才能はつぶれてしまうのだ。


 今や過去の栄光。それでも現在苦境にある晴見フィルハーモニーにとっては、そんな栄光でもすがりたい。自分たちだけだと実力不足だけれど、マエストロ夏目を擁立すれば説得できるはず。第2話、入団リクルートをするため、その人に会いに行くのだが……。


西島秀俊を前に凛としていられる才能




 俊平と古谷、森の3人が訪ねた場所は、町工場。音楽になど理解がない父親がまったく取り合ってくれない。それでもなんとか会わせてもらうと、作業着姿のその人、羽野蓮(佐藤緋美)がいる。


 頭には白タオルを巻いている。ほんとうに天才チェリストだったのか。俊平はCDを取り出してアルバム内容を褒めるが、蓮は全然嬉しそうではない。むしろはた迷惑だという感じ。


 仕事に戻ると言ってすぐに席を立ち上がるが、俊平にバッハの演奏を特に絶賛され、一瞬足をとめる。薄暗い工場の中、蓮の表情を外光が照らす。何とも透き通った視線と佇まい。


 日本一の佇まい俳優に他ならない西島秀俊を前に、これだけ凛としていられる才能ってなんなの!?


◆プロの奏者なのか、俳優なのか…
 いやいや、まじでこの人誰なんだ? オーケストラ団員全員を俳優でキャスティングするとリアリティが足りないので、何人かほんとにプロの奏者をエキストラで混ぜておくのが、クラシック音楽ドラマあるある。


 羽野蓮役の俳優は、これまで他作品で見た記憶がない。もしかしてプロの奏者がエキストラではなく俳優に昇格してしまったとか? なわけないよな……。と、少々混乱するくらいの佇まい。その理由がわからない。


 俊平は再び工場を訪れ、持参した鍵盤ハーモニカチェロバッハの「無伴奏チェロ組曲」第6番を演奏する。


 チェロを奏でる姿は、他のどの俳優よりも楽器奏者として相当様になっている。肩のゆるやかなライン。左指の運び。弓の動き。すべてがまとまっている。やっぱりプロなのかしら。


◆恐るべし驚異のポテンシャル俳優




 チェロ奏者の佇まいのポイントは、身体全体が脱力し、まるで赤子の手をひねるように楽器を弾き鳴らすこと。ただこれはかなり熟練の域に達していなければなせぬこと。にも関わらず、蓮役の佐藤緋美は、すでにそれができているように見える。


 ますますよくわからない。それで試しに「佐藤緋美」と検索してみた。すると驚き。いや、驚愕。何と浅野忠信CHARAの息子さんだったのだ。何だよ、これですべてが納得じゃないか。


 まず西島と肩を並べられる佇まいは、父・浅野ゆずり。ややボソボソな語り方と息の吐かれる呼吸感もそっくり。音楽的な感性は母・CHARAからの素養。こんなサラブレッド俳優なのに、全然そんな素振りひとつない。


 能ある鷹は爪を隠すとはまさにこのことではないか。ミスチルヴォーカル櫻井和寿の息子でドラマー、俳優の櫻井海音など、音楽家の遺伝子を継ぐ若手俳優が、最近ちらほら出演しているが、佐藤緋美は、ちょっと桁外れ。


 これまで多くのイケメン俳優を論じてきた筆者だけれど、ただいるだけでとてつもない存在感の彼を見て、これは久しぶりに腕がなった。それぐらい恐るべく驚異のポテンシャル俳優だ。


<文/加賀谷健>


【加賀谷健】音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu