―[貧困東大生・布施川天馬]―


 みなさんは東大に入るための典型的な進学ルートをご存じでしょうか? それは遅くとも小学校4年生から受験の準備が始まります。毎年3,000人が東京大学に合格しますが、そのうちの800名近くは、都心部にある、特定の10校から輩出されています。

 この10校はほとんどが私立中高一貫校。東大に入るために一番簡単な道は、これらの学校群に潜り込むことです。しかし、多くの場合、高校からの定員は少なく、高校募集をしていないケースもあり、有名私立中高一貫校を卒業するためには、実質中学校時点で籍を置いておく必要が生じます。だからこそ、小学生時点から東大合格に向けて中学受験をする家庭が増えているのです。

 では、それは本当に最適なルートなのでしょうか? 関係者は誰もいってくれませんが、この道筋には大きなリスクも隠れています。わが子の人生を左右するような重大な決断をしていることに、親たちは自覚的なのでしょうか?

 私は、独自に現役東大生、東大卒業生100人を対象として、幼少からの学びの環境についてアンケートを実施しました。そして、今年の2月20日に、そのアンケート結果を分析し、そこから考察できる内容をまとめた『東大合格はいくらで買えるか?』を上梓しました。今回は、中学受験の功罪について考えます。

◆典型的な東大進学ルートとは?

 初めに、「典型的な東大進学ルート」を考えてみましょう。

 まず、小学校4年生時点でSAPIXや日能研、浜学園など名門進学塾の進学コースに入り、小学校6年生まで成績を維持し続けます。もちろん、進学コースの最上位クラスに入ることができなければ、その時点で試合終了。そのため、受験に固執する親の中には、小学校低学年時点から、SAPIXの最上位クラスに入れるための準備を始めさせる人もいます。

 そして中学受験に臨み、灘、開成、桜蔭などの、都心部にある有名私立中高一貫校に入学します。もちろん、進学塾の進学コースに入っている全員が入学できるわけではありません。参考までに2024年の灘中学の定員はわずか180名。毎年3,000人が合格する東大よりも狭き門です。

 晴れて中学受験に成功したとしても、安心はできません。むしろ、ここからがようやくスタートライン。次は「鉄緑会」という、東大医学部受験に特化した、やはり名門の進学塾に入学します。通常は難しい入会テストを受けなくてはいけないのですが、一部の名門中学校に合格した場合、その合格をもってテストが免除になる。鉄緑会への無条件入会チケットこそ、中学受験に精を出す最大の理由の一つと言っても過言ではありません。

◆東大合格率50%のガチャを回せる

 なぜならば、鉄緑会会員の東大合格率は、一説によれば50%を超えるため。その秘密は、中学校1年生の間に中学校履修範囲のすべてを修了させ、中学校卒業までに高校履修範囲のすべてを修了させるという、恐ろしい速度のカリキュラムにあります。

 入れれば東大合格率が50%のガチャを回せる。その代償は、鉄緑会名物の「終わらない課題」です。多くの学生たちは、学校の授業なんてそっちのけで、授業中にこっそりと鉄緑会の課題をこなすと聞きます。

 こうして6年間の課題地獄に耐え切った学生たちは、ようやく東大受験の日を迎えます。普通の学生の2倍、3倍の量の演習を積んでいるので、なるほど確かに東大への合格率は確かなものがあります。こうして受験戦士たちは東大へ巣立っていきます。最低9年の月日と、1,000万円以上の教育投資をもって。

◆中学受験のリスク

 私立中高一貫校の連合が、毎年800名近くを東大に送り込んでいることを考えても、上記のルートはある程度確立されていることがわかります。今回私が実施したアンケートでは、54%が中高一貫校出身であると推定されるデータが出ました。やはり、東大には中高一貫校出身者が非常に多い。

 ですが、本当に中学受験は必要なのでしょうか? 先ほど引用したデータからしても、裏を返せば46%の人は中高一貫校ではないところから東大に合格したと考えられます。中学受験をしなくても、東大に入れる証左ではないでしょうか。

 受験関係者は利益を確保するために、中学受験のデメリットに関しては口をつぐみます。ですから、中学受験の悪い点については全く語られてきませんでした。

 とはいえ、語られないからと言ってリスクがないわけではありません。中学受験のリスクは、そのまま「失敗のリスク」が挙げられます。特に高校受験、大学受験と異なるのは、実力の低い受験生の逃げ道がない点です。

 中学校は義務教育なので、全ての子どもが通うことになります。これは中学受験組にとって、「受験で失敗したら、学区域の公立中学校に通う」ことを意味します。高校受験、大学受験であれば、浪人を避けるために偏差値帯の下がる学校も受験するでしょう。学力の低い学生に対しては、レベルにあった学校が受け皿として備わっています。

◆“受験に失敗した敗北者”のレッテル

 一方で、中学受験においては、受け皿となる学校の数が如実に少ない。義務教育で学区の学校に進学できる中学校では、低偏差値帯の学校の役割が薄いためです。基本的に中学受験先に選ばれるのは私立校ですが、わざわざ低偏差値帯の学校に大金をはたいて子どもを通わせる親は少なく、ありていに言えば、実力の低い受験生は滑り止めの確保に苦労する可能性が高い。

 失敗したらそのまま学区の学校に通えばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、往々にして待ち受けるのは「受験に失敗した敗北者」のレッテルです。これを避けるためには、なんとしても受験を成功させるしかない。

 すなわち、ある程度失敗が許される高校受験、大学受験に対して、中学受験には「栄転」の2文字しか許されていないのです。ここから外れると、たちまち「落伍者」の烙印を押されてしまうため、退却が許されにくい。

 果たして、世の受験生たち、そしてそのご両親は、一度進んだら二度と戻れない道を進む覚悟をして中学受験に臨んでいるのでしょうか? 受験の失敗談などを見る限りでは、全くそうは思えません。

 誰しもが栄転を夢見て臨む中学受験。子どもの可能性を信じる親ほど、そしてその未来の輝かしさに目をくらませた親ほど、参戦したがるのは事実です。ですが、ここに述べたように失敗のリスクは高く、受験期の受験生のサポートは考えている以上に過酷です。その受験が本当に人生に必要なのかどうか、再考すべきなのかもしれません。

<文/布施川天馬>

【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。(Twitterアカウント:@Temma_Fusegawa

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