「3.14」のような「. 」で1より小さい数を区切って表す小数点の表記法は、現在ではごく当たり前のことです。

しかし実はこの表記法の起源は完全には明らかになっておらず、小数点をいつから人類が使い始めたかは曖昧なままです。

そんな中、カナダトリニティ・ウェスタン大学(TWU)の数学史家により、これまでで最も古い小数点「. 」の表記例が発見されました。

これまで見つかった記録では、ドイツ数学者クリストファー・クラヴィウスが1593年に使用したものが最古でたが、今回はそれより150年も古い、イタリア数学者天文学者のジョバンニビアンチーニが1440年代に使ったものが見つかったのです。

研究の詳細は2024年2月17日付で学術誌『Historia Mathematica』に掲載されています。

目次

  • 小数の概念は紀元前から存在した
  • 小数点「. 」は1440年代のイタリアで発明された?

小数の概念は紀元前から存在した

小数は、整数1よりも小さい数を表すところから生まれた概念です。

人類と小数との出会いはとても古く、古代バビロニア人によって発見されていましたが、当時はまだ「小数点」の概念はありませんでした。

現代の小数と同じ「十進法」における小数の表記は、古代中国で発明されています。

十進法とは、現代で最も日常的に使われている数の表記システムで、0〜9までの10個の数字を使って、どんな数でも表すことができます。

古代中国では紀元前から十進法による小数が使用されていたようです。

例えば、263年に書かれた数学書『九章算術』の中に「八寸六分六釐二秒五忽」という表記がありますが、これを現在のアラビア数字に直すと「8.66025」になります。

古代中国の数学書『九章算術』の註釈本
古代中国の数学書『九章算術』の註釈本 / Credit: ja.wikipedia

このように小数の表記自体は非常に古くからありましたが、ヨーロッパではエジプト式分数表記が普及していたため、小数の導入が遅れました。

分数表記とは、いわゆる「1/2(2分の1)」や「2/5(5分の2)」というような表記の仕方です。

これは現在でも普通に使われていますが、小数と違って、より細かな数字が表記できなかったり、数の大きさを直感的に把握するのが難しいというデメリットがあります。

例えば、8分の85といわれてもピンと来ませんが、10.625と小数に直せば、数の大きさも一発で分かりますし、足し引きなどの計算も簡単になります。

こうした流れの中で、フランドル(現ベルギー)の数学者であるシモン・ステヴィン(1548〜1620)がヨーロッパで初めて小数表記の導入を提唱しました。

ただ彼が考案した小数は「. 」のような小数点を使うものではなく、小数点以下の桁を⓪、①、②、③というような丸囲み数字で表現し間に挿入するものでした。

例えば、1.234を表そうとすると1⓪2①3②4③」となります。

ステヴィンの著作『十進法』(1585)に見られる小数表記
ステヴィンの著作『十進法』(1585)に見られる小数表記 / Credit: Glen Van Brummelen et al., Historia Mathematica(2024)

これは皆さんもおそらく実感したように、非常に読みづらくて分かりにくく、浸透しませんでした。

その後、現代にも使われる小数点「. 」が最初に登場するのは、ドイツ数学者クリストファー・クラヴィウスによる1593年の使用例とされています。

クラヴィウスの天文学論文『Astrolabium』の中に「45.5」というような現代式の小数点の使用例が確認できるのです。

この表記法は小数のイメージを一目でつかむのに非常に有用で、計算にも便利でした。

クラヴィウスの論文内に現代式の小数点表記が散見される
クラヴィウスの論文内に現代式の小数点表記が散見される / Credit: Glen Van Brummelen et al., Historia Mathematica(2024)

これゆえにクラヴィウスは数学史に偉大な功績を残した人物と考えられていました。

ところが今回の新たな研究で、小数点「. 」はクラヴィウスより150年も前の人物によってすでに使用されていたことが明らかになったのです。

その年代はヨーロッパで初めて小数表記を導入したといわれていたステヴィンよりも前のことでした。

小数点「. 」は1440年代のイタリアで発明された?

トリニティ・ウェスタン大学の数学史家であるグレン・ヴァン・ブランメレン(Glen Van Brummelen)氏は、中世ラテン語で書かれた天文学論文『Tabulae primi mobilis B』を熟読している中で、この驚くべき発見をしました。

この論文はイタリア数学者天文学者でもあったジョヴァンニビアンチーニ(Giovanni Bianchini、1410〜1469年頃)によって書かれたものです。

ビアンチーニを描いたとされる絵
ビアンチーニを描いたとされる絵 / Credit: en.wikipedia

ビアンチーニはヴェネツィアの商人として働いた後、当時のフェラーラ公国を支配していた有力貴族のエステ家の財産管理者となりました。

彼は資産の管理や投資アドバイスだけでなく、占いのための星図表の作成も任されていたため、数学と天文学に深く通じていたのです。

ビアンチーニは惑星の動きから日食の予測まで、さまざまなトピックについて研究し、1440年〜1460年にかけて5つの論文を執筆しました。

そのうちの一つが1440年代に執筆された『Tabulae primi mobilis B』です。

論文内には三角関数表の数字がずらっと並んでおり、ビアンチーニはその中で「. 」を用いた小数点表記や計算を行っていました。

ブランメレン氏はその一例として「10.4」という小数を挙げています。

氏によると、ビアンチーニは10.4に8をかけて83.2という数字を導き出していたという。

これは「彼が現代の私たちと同じような小数の表記を使って、計算する仕方を知っていたことを意味している」とブランメレン氏は話します。

ビアンチーニの天文学論文『Tabulae primi mobilis B』に見られる少数
ビアンチーニの天文学論文『Tabulae primi mobilis B』に見られる少数 / Credit: Glen Van Brummelen et al., Historia Mathematica(2024)

同氏はこれを受けて、現代式の小数点「. 」の表記法はビアンチーニによって1440年代に発明された可能性があると指摘。

加えて、1593年に同じ「. 」を使ったクラヴィウスは、ビアンチーニの表記法を模倣しただけなのかもしれないと話しました。

ビアンチーニは高名な数学者天文学者として名が残っていたため、同じ数学と天文学の道に進んだクラヴィウスが彼の業績を知っていたとしてもおかしくないと指摘します。

ただし、ビアンチーニとクラヴィウスが使用した小数点の表記は、いずれも近年まで見過ごされてきたものであり、小数点「. 」を広めたのは一般的にはスコットランド数学者ジョン・ネイピア(1550〜1617)の功績とされています。

ネイピアの死後に出版された論文『Mirifici logarithmorum canonis constructio』(1619)の中に、小数点「. 」が使用されており、これを機に多くの数学者が同じ少数表記を使い始めたと考えられています。

しかし、こうした数学史の流れは今回の新発見からも分かる通り、いまだに曖昧な点が多いものです。

もしかしたら古い書物の中には、ビアンチーニ以前に小数点「. 」を使用した例がまだ隠されているかもしれません。

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参考文献

The Decimal Point Is at Least 150 Years Older Than We Thought
https://www.sciencealert.com/the-decimal-point-is-at-least-150-years-older-than-we-thought

Use of decimal point is 1.5 centuries older than historians thought
https://phys.org/news/2024-02-decimal-centuries-older-historians-thought.html

The decimal point is 150 years older than historians thought
https://www.nature.com/articles/d41586-024-00473-2

元論文

Decimal fractional numeration and the decimal point in 15th-century Italy
https://doi.org/10.1016/j.hm.2024.01.001

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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