サラリーマンにとって春は人事異動の季節。異動は適材適所という目的が大きいですが、同じ部署に同じ人が長くいすぎると不正の温床になりうる、という理由もあります。

 精密機械メーカーの購買課を仕切る岡村課長(仮名・52歳)も、ひそかに良からぬ行動を繰り返していたといいます。

◆購買課ひとすじ30年の課長

 開発部に所属する森永さん(仮名・28歳)によると、岡村課長は新卒で入社し、最初の配属先である購買課から一度も異動したことがないそうです。

「私の仕事は主に新製品の開発なので、部材を準備するために購買課へ頻繁に足を運んでいました。岡村さんはいつも無口で、最初は気難しそうな印象でしたが、話すうちに打ち解けることができ、部材の仕入れのアドバイスにも乗ってもらっていました」(岡村さん、以下同)

 試作開発などを行う上で購買課の存在は必要不可欠であり、そこを一手に仕切る岡村さんは周囲から一目置かれている存在です。そのわりに50代で課長止まりなので、営業や開発の花形部署より薄給だったと予想されます。

◆まるで“課長もうで”のようなランチ

 岡村さんはお昼時に納入業者を引き連れてランチによく出向いていました。

「ほぼ毎日じゃないですかね。おおむね午前中に納入業者と資材に関する打ち合わせを行っているようです。正午になると、決まって彼らを連れてゾロゾロと近くのレストランへ食事に行くのです。噂によると、食事代は全て業者持ちのようです。また、打ち合わせ業者が複数の場合は、ランチティータイムに分けて応対しているそうです」

 この光景はもう何十年も続いているので、周囲は何の違和感も感じていませんでした。

「実はこのランチ会、岡村さんが入社するかなり前から行われていたそうです。だから、今の社長も特に気に留めていないのだと思います」

◆急にiPhoneやブランドのカバンを

 ある日森永さんは、同期で購買課に配属されたKさんから相談を持ちかけられました。

Kさんいわく、『あのさ、岡村課長って、絶対賄賂とかもらっていると思う。最近、スマホが最新のiPhoneに変わったり、ボロボロの通勤カバンがハイブランドになったり…。この前もランチのあとに、そそくさと細長い封筒を受け取っていて、あれ現金じゃないかな?』と。そんなことあり得ますかね?」

 確かに、足がつきにくい現金を手渡すのは常套手段ですが、会議室で渡すならまだしもランチ時なんて……と、森永さんは半信半疑でした。

 ところが翌月、森永さんの部署に1本の電話がかかってきました。相手は、先月医療用の新製品を納入したばかりの顧客でした。

「電話口の担当者は深刻な口調で『納入された10台全てが、駆動後数分で停止してしまいます。とりあえず旧型でその場をしのいでいるので、大至急見にきてほしい』と、かなり慌てている様子でした」

 森永さんは、開発担当者たちと一緒に納入先へ回収に向かい、すぐにチェックしたところ、電源周りの温度センサーに不具合があることが判明。

「実はこのセンサー、半年ほど前に部品調達依頼をしたとき、岡村課長に『納期の関係で代替品となる』と言われたので、よく覚えているんです。部品調達のベテランが言うことなので、疑いもなくその部品を使用した経緯があります。もしかすると、代替品の調達先から何らかの便宜が図られていたのかも、と思いました」

◆実はよく聞く、発注担当者へのキックバック

 幸い、他の製品でストックしておいたセンサーに取り換え、迅速な納品を行ったことで、大騒動にはなりませんでした。しかし、今回の一件で上層部のメスが購買課に入ることは避けられなかったようです。

「一言でいうと“解体”ですかね。今回勃発した問題がきっかけになったと思います。噂によると、けっこうな金品をもらっていたようですね。会社に告訴されてもおかしくないレベルですよ。でも、会社はそれをしませんでした。いろいろ大人の事情があるんでしょうね」

 組織の発注担当者が、納入業者からキックバックをもらう不正は、実はよく聞く話。国公立の病院などで2023年だけでも数人の逮捕者が出ていますが、民間企業での収賄は刑法には触れず社内処分ですますことが多いのです。

 その後この会社では、購買課という部署が廃止され、部署ごとによる個別の資材調達制度に切り替えられることになりました。当の岡村さんは、孫請け会社の運送会社へ転籍とのこと。ランチを奢られるぐらいにしておけばよかったのに…。

「長い間、同じポストにつくことはよくないですね。サラリーマンの人事異動が重要であることが改めてよくわかりました」

<TEXT/ベルクちゃん>

ベルクちゃん】
愛犬ベルクちゃんと暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

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