資産形成のために不動産投資をする人が増えています。大抵は借り入れをして賃貸運営を行いますが、所有者に万が一のことがあり、相続が発生すると大変です。遺産分割協議中もローン返済は待ってくれず、知識という武器を持たないまま、金融機関等と交渉しなければなりません。面倒な事態を回避する方法はあるのでしょうか。不動産と相続を専門に取り扱う、山村暢彦弁護士が解説します。

ローンありの賃貸物件が残されるという「悲劇」

資産形成のため、マンション経営、アパート経営を行う方が増えています。その場合、金融機関から借り入れを行い、運営するのが通常であり、「自前のキャッシュ5000万円でアパートを建てます」という方は滅多にいません。

では、そのような状況で、万一相続が発生したらどうなるのでしょうか?

相続人となる2人の子どもに、価値1億円、ローン8000万円のマンションが残されたとしましょう。その場合、「8000万円の負債」は、遺産分割協議の「相続財産をどう分けるか」という手続きと、完全に別の理屈で考える必要があるのです。

マンションは相続発生時から共有状態となり、マンションの分割方法が決まる前に凍結され、動かせなくなってしまいます。しかしその一方で、8000万円のローンは、自動的に子ども2人に4000万円ずつの借金として振り分けられてしまいます。

そのような状況下でも、金融機関はビジネスライクです。「そちらの事情ですよね?」とばかりに、普通に資金回収が行われます。不動産の相続の場合、物件は凍結・共有状態にありながらも、借金だけはこれまで通り返済する必要があるということです。

とはいえ、金融機関も数ヵ月程度であれば様子を見てくれると思いますが、長引くようなら「だれかが責任持って、代わりに払ってください」という話にもなりかねません。

不動産の相続においては、「不動産を処分できないのに、返済義務だけ生じている」という状態が、何より問題になるといえます。

賃貸物件を建てるときには、不動産会社や建築会社等の手厚いサポートがあり、また融資引くときも、やはり周囲のサポートを得てスムーズに進むことがほとんどです。

では、相続のときはどうでしょうか。建築時に手を貸してくれた不動産会社も建設会社も、だれも手伝ってくれません。

相続人はだれのサポートもないまま、ローンのある不動産を背負い、金融機関を相手に返済の交渉をしなければならないのです。

被相続人が賃貸経営をしていたからといって、相続人にその知識があるとは限りません。マンション経営の経験のない方が、いきなりポンと相続してしまうと、金融機関にいわれるまま、不利な条件を飲むことにもなりかねないのです。相続時にも、融資時と同レベルで不動産の知識が求められ、プロと渡り合う交渉力が必要になってきます。

不動産の購入時には、所有者が亡くなったときにローン返済が不要になる「団体生命信用保険」に加入することになります。

「この保険に加入していれば、万全の対策になるのでは?」という方もいますが、実際には、様々な条件により全員が加入できるとは限らず、また、実際の現場で不動産の相続問題に関わっている筆者から見ても、加入せずにアパート事業をしている方のほうが多数であるという印象です。

そもそもこの団体生命信用保険は、基本的には自宅を持つために作られたもので、アパート事業にも対応するようになったのは、ここ数年の流れです。その点を踏まえて考えると、上記のような不都合を全般的に解決するのであれば、団体生命信用保険への加入ではなく、遺言書のほうが、コストパフォーマンスがいいのではないかと思われます。

相続手続きと、物件の賃料・借金返済の対処は同時並行

結局のところ、アパートの相続は、遺産分割をはじめとする相続手続きが終わるまでに、「賃料」「借金」といったお金の問題が同時並行で進むため、その対処が大変なのです。

団体生命信用保険に加入し、亡くなったときにすべてのアパートの借金がチャラになれば、借り入れをしてアパートを建てたほうがほうがいいのかもしれませんが、現実問題、その通りになるとは限りません。

しかし、だれかひとりに権利をまとめ、後日、そのお金で精算するよう遺言書に記載しておけば、不動産の権利を単独で処理できるようになります。ひとりの相続人だけで賃料も借り入れ金も処理できるようになるため、手続きは一気に楽になりるのです。

このように、賃貸物件の相続においては遺言書の活用が有益であり、賃貸物件を所有しているオーナーは、自分に万一のことがあった場合を見据え、遺言書を準備しておくことが重要だといえます。

山村 暢彦 山村法律事務所 代表弁護士