先日、2024年前期連続テレビ小説虎に翼』の脚本を吉田恵里香さんが担当すると発表されました。

吉田恵里香さんといえば、アニメや漫画ファンの間でも有名な脚本家であることをご存じでしょうか。刀剣乱舞-花丸-』『ルパン三世 PART IV 』など有名作品の脚本を手掛けたたほかTIGER&BUNNY』シリーズでは一部脚本をはじめコミカライズ原作や朗読劇を担当。

さらに実写版チェリまほや昨年大きな話題を呼んだぼざろの脚本も執筆しており、いま“アニメ・漫画ファンに支持される脚本家”のひとりでしょう。

これまで手掛けた作品を振り返りながら、脚本家・吉田恵里香さんの魅力を探ります。

『チェリまほ』における“愛される登場人物”の造形

ネット上でまことしやかに囁かれる、童貞に関する都市伝説を発端とした豊田悠さん原作のドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(『チェリまほ』)。

童貞のまま30歳になった主人公・安達は“触れると人の心が読める”魔法が使えるようになり、困惑しながらもなんとか日々を送ろうと努力します。そんな中、同期の黒沢が自分に好意を寄せていることを偶然知ってしまい......というお話です。

Blu-ray『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~ 』(TCエンタテインメント)

Blu-ray『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~ 』(TCエンタテインメント)

 

“人の心が読める”設定があるからには、心情描写に重点が置かれます。日本語という言語は文字にするとどこまでも繊細に物事を描写できますが、言葉として扱うと冗長になりがちで、心情の描写との相性はあまり良くありません。

チェリまほ』原作はコミックなので黒沢の考えていることを余すことなく文字で表現できますが、ドラマにおいて心情をすべて言葉で表現しようとすると、どうしても説明的になり不自然になってしまいがちです。

しかし『チェリまほ』はちょうど良い間とコミカルな雰囲気を作り上げて、冗長になりがちなセリフにも独特のテンポを持たせ、あえてそこを利用してシリアスなりすぎないようにしています。

原作でのやり取りが不自然にならないように、豊田さんの描く優しい雰囲気がそのまま現実になったかのように再現されるのです。

一方で、すべてを原作通りに再現しているわけではありません。いくら黒沢が完全無欠のイケメン男子とはいえ、好きな人(安達)を目の前にすれば昂ってしまい、心の中ではつい妄想を爆発させて暴走することも。

しかし、安達は黒沢の暴走もお構いなしに心の中を読んでしまいます。そんな場面においても、原作と比較するとドラマでは直接的な表現はそこまで出てきません。

Blu-ray BOX『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』( TCエンタテインメント)

Blu-ray BOX『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』( TCエンタテインメント)

 

原作で見れば微笑ましいやり取りでも、生身の人間同士のやり取りで直接的な表現をしてしまうと少し生々しくなるため、人によっては少し苦手に感じてしまう方もいるでしょう。

そんな黒沢は、本当に安達にとって気になる存在になり得るのか?視聴者から共感を得ることができるのか?安達と黒沢の間にある信頼関係を崩さないように、慎重に繊細に構成されていると感じます。

他にもキャラクターの枠を超えない程度の改変はいくつかあり、登場人物全体が多くの人に愛されるような脚本が展開されています。

これらは、吉田さん自身が常に「その人が何を思っているか、周りの人がその人をどう思っているか」を分析したバランス感覚で、愛される登場人物を作り上げた結果なのではないでしょうか。

『ぼっち・ざ・ろっく!』で見せた解像度の高さ

ぼっち・ざ・ろっく!は、はまじあきさん原作の女子高生ロックバンドを題材とした作品です。アニメの話数が進むにつれ、“解像度が高い”とファン以外の層にも評価が高まっていきました。

重度の人見知りコミュ障な主人公・後藤ひとりはギター演奏の動画を投稿しネット上で活動する少女。その性格ゆえに友達を作れずに高校生活を送っていたが、初対面の伊地知虹夏に誘われて急遽ライブで演奏することに......というのが物語の始まりです。

 

音楽を提供したアーティストの豪華さもさることながら、主人公の異常なまでのコミュ障ぶりから繰り出されるコミカルな描写と、そんな主人公が音楽を通して成長する姿が共感を集め、ネット上では覇権と呼ばれるまでの大人気アニメとなりました。

ぼざろ』ではひとりの成長や、それを取り巻く人たちの描写が視聴者へと刺さりましたが、原作は非常にシンプルで面白い日常系4コマ漫画です。これまでもポプテピピック』や『らき☆すたなど四コマ漫画がアニメになり大人気になった例は多くあります。

それらの人気が出た要因はそれぞれ挙げることができますが、『ぼざろ』については“登場人物を構築した”ことが挙げられるのではないでしょうか。

もし後藤ひとりが実在したら、今、何を思い、何を考え、何につき動かされるのか。

登場人物が勝手に動くようになるまで人物を解析し、再構築する。シンプルな4コマ漫画から生身を感じるような人物を生み出すには、そういった過程が必要だったのではないかと思わされるほど『ぼざろ』では登場人物が生きていました。

ひとりが紡いだ魂のギターソロは、まさにその過程の果てにあったものだと感じています。そしてそれは後藤ひとりに限った話ではなく、結束バンド伊地知虹夏山田リョウ喜多郁代も同様です。

 

もちろん『ぼざろ』の人気の要素として、アーティストから提供された音楽の質の高さや、ライブシーンへのこだわりも欠かす事はできません。しかし、その音楽やライブシーンから強力なカタルシスを得るためには、後藤ひとりをはじめとした結束バンドのバックグラウンドを知ることが必要不可欠です。

後藤ひとりが愛する音楽を最高に鳴らす”その時”のために、吉田さんの脚本力は余すところなく発揮されたのではないでしょうか。

「登場人物」が「人」になる吉田恵里香脚本

「面白いな」と感じたコンテンツについて調べたら、度々吉田恵里香さんの名前を目にする……そんな経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。

吉田さんがこれまで手がけてきた作品を振り返ってみると、全体を通して“登場人物を知る”ことが脚本の鍵となっているような印象を受けます。

コンテンツを愛する我々は、いわゆる「解釈の一致」を制作側にも求めますが、吉田さんの脚本は細かいところに手が届き、かといってコンテンツを愛する人たちへ過剰に媚びるようなこともしていません。

そのため、作品に対する前提がない人も、そのコンテンツを愛する人も誰しもが楽しめるような構図になっているのでしょう。

2024年前期連続テレビ小説テレビ小説『虎に翼』は日本初の女性弁護士・三淵嘉子をモデルとしたリーガルエンターテインメントと銘打たれています。

吉田さんがこれまで漫画原作の世界で培われた“登場人物を知る”手腕が原作のない朝ドラでどのように発揮されるのか、注目していきたいですね。

(執筆:宮本デン)

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