2月、3月の東京・新橋演舞場は、中村隼人(30歳)・市川團子(20歳)のダブル主演で『スーパー歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内 ヤマトタケル』(2月4日3月20日※休演・貸切日あり)を上演中。2月の福岡・博多座では、松本幸四郎(51歳)・市川染五郎(18歳)親子の共演で、江戸川乱歩の『人間豹』を原作とした『江戸宵闇妖妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ』が上演された。近年では「ナルト」「風の谷のナウシカ」「ファイナルファンタジーX」「刀剣乱舞」「ルパン三世」といった人気コンテンツを題材とした歌舞伎も人気だ。何しろわかりやすくて面白い新作歌舞伎。通に聞く、新作とは? 見どころは?

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文=新田由紀子 写真=PIXTA

スーパー歌舞伎のさきがけ『ヤマトタケル』

ヤマトタケル』は、古代史の英雄として知られるヤマトタケルが、熊襲(くまそ)や蝦夷(えみし)と戦いながら、苦悩し、妻子の待つ大和に帰れず白鳥となって空に飛んでいくという大スペクタクルだ。

 初演は1986年で、ここから始まったスーパー歌舞伎は、驚くべき観客動員数を記録し、『オグリ・小栗判官』『八犬伝』『新・三国志』などがひとつのジャンルをつくることになる。 祖父や父を早く亡くし、活躍の場を与えられなかった三代目市川猿之助(二代目猿翁 1939~2023)が、それまでの歌舞伎の常識を破るさまざまな仕掛けを重ね、高いエンターテイメント性で観客を魅了していった。

 舞台関係の仕事をし、40年以上歌舞伎を観続けてきた田代敦子さん(50代)は、『ヤマトタケル』を初演から上演されるたびに観てきた。その『ヤマトタケル』は、2012年の四代目市川猿之助(48歳)襲名でも上演。襲名披露公演には口上があるが、田代さんは、この時のものはちょっと違ったと語る。

「役者の襲名では、決まり文句の口上を真面目に読み上げるように述べるのが通例ですが、この時はまったく違う。新・猿之助と、やはりこの公演で市川中車(58歳)を襲名した香川照之が二人で話をしたんです。

『われわれ二人はしゃべると長いので』と言いながら、『ヤマトタケル』を書いた梅原猛の哲学とニーチェについても語り、しっかり笑いも取る巧みなトーク。頭のいい二人の、新しい時代の襲名で、口上も『新作』なのだなあと驚きました」

 そのトークの中で、新・猿之助は、周囲から襲名公演なのに古典でないスーパー歌舞伎の「ヤマトタケル」を取り上げるとは、と言われたと話していた。かつては、歌舞伎本来のものではないとみられていたスーパー歌舞伎が、「猿之助」という名跡の大切な要素となっていた証左だろう。

四代目猿之助の頭のよさは、『ヤマトタケル』にも生かされていきました。三代目猿之助はスケールが大きく、古代の英雄のロマンを体現している印象でした。それをアレンジして、さらに現代の観客がエンタメとして楽しめる作品に練り上げ、上手く進化させてきているなあと感じます」

 今回の公演では、若手たちの成長にも驚かされたという。

「ビジュアル先行だった中村隼人が、兄弟二役を演じ分け、パワフルに殺陣もこなして、安心して観ていられるようになった。中村芝翫(58歳)と三田寛子の三男、中村歌之助(22歳)は、一瞬誰だろうと思うぐらい化けましたね。下がり目でかわいい若手女形だった中村米吉(30歳)も、大人の女の迫力まできっちり見せられるようになっていました。新作で場を与えられた若い役者たちは、短い時間でぐんと伸びるんですよね」

「新作歌舞伎」は明治時代から

 猿翁は、「明治時代からスーパー歌舞伎は存在していた」と語っている。たくさんの役者たちが、今の時代の表現をしたいという気持ちから、新しい歌舞伎を生み出そうとしてきたのだ。

 役者とその時代のクリエイターが組んだ新作は、今に始まったものではない。歌舞伎では、近代以降に歌舞伎内部の狂言作家以外によってつくられた演目を「新歌舞伎」。さらに、第2次大戦後の演目のことを一般的に「新作歌舞伎」と呼ぶ。

 明治時代には、二代目市川左團次(いちかわさだんじ 1880~1940)が、当時の人気作家であった小山内薫、永井荷風をブレーンにし、「半七捕物帖」の岡本綺堂らと組んで、近代的自我を持つ主人公を登場させた新たな作品を送り出した。

 昭和には、大佛次郎も歌舞伎の原作を数多く書いている。三島由紀夫が執筆した作品の主役は、六代目中村歌右衛門(1917~2001)や坂東玉三郎(73歳)だった。

「彼らは、作家にとって創作意欲を刺激するミューズだったわけです。三島のバロックな美意識と合致したのですね」

 平成には、中村勘三郎(1955~2012)が、野田秀樹や串田和美とタッグを組む。野田秀樹が演出した『野田版 研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)』(2001)、『野田版 鼠小僧』(2003)、串田和美が演出した『平成中村座 隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)』(2000)、『コクーン歌舞伎 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』(2002)などは、歌舞伎を観たことがなかったたくさんの観客を劇場に呼ぶこととなった。

「私は、古典歌舞伎が好きなので、勘三郎というたぐいまれな役者が、新作を作ることで体力を使い果たしてしまったのではないかと、残念に思う気持ちはあります。長生きも芸のうちなのに、57歳なんかで亡くなってしまわなかったら、どんな『鏡獅子』『娘道成寺』『髪結い新三』を見せてくれたのか。あのあと、どんな役者になったのか。しかし、勘三郎は身を削ってまで、新しいものをつくりたかったのかもしれません」

 その後も、2018年の『新作歌舞伎 NARUTO-ナルト』、2019年の『新作歌舞伎 風の谷のナウシカ』などが話題となった。

 2023年には『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』『新作歌舞伎 刀剣乱舞』『新作歌舞伎 流白浪燦星(ルパン三世)』と、人気エンタメを歌舞伎に取り入れた作品が次々上演され、オリジナル作品のファンと歌舞伎の観客の双方が劇場に集まるという現象は、まだまだ続いていくだろう。

 

新作では若手役者たちをチェック

 田代さんによると、やはり多くの若い役者たちは、古典歌舞伎で大役を演じることを願っているのだという。

「しかし、若いうちは、歌舞伎座歌舞伎での役付きはどうしてもよくない。家柄が良くても、後ろで並んでいる5人の家来の一人で台詞がほとんどなかったりするわけです」

 今回の『ヤマトタケル』のような新作だと、そういう若手たちでも、大きい役をもらうことができる。観る側としては、新作でこの若手はいいなと目をつけておいて、見守っていくのも楽しい。

「そりゃあ役者は、自分の見せ場があってなんぼですから。ここで頑張れば、大歌舞伎でもいい役が来るかもしれないという彼らの熱気を感じられるのが、新作の面白さです」

 そして、作品として熟成されていく過程が見られるのも新作の醍醐味だという。

「新作の中には、すべり出しはしっかりしているのに、2幕になって『あれ?』となり、これで終わっちゃうんだということがあります。『ああ、時間切れだったんだろうな』と思うわけです。

  でも、今、古典になっている演目も、年月を経て、その時に演じる役者の工夫で変わってきた。作品がどう変化し、熟成されていくかを見届けるのも、歌舞伎で新作を観る愉しみの一つだと思います」

 

※情報は記事公開時点(2024年2月27日現在)。

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