各社がこぞって「ジョブ型」雇用制度導入へと舵を切るなか、「ジョブ型は日本企業には向いていない」と喝破する専門家がいる。その同志社大学・太田肇教授が、ジョブ型の問題点を指摘しつつ、具体的な事例やデータにもとづき、生産性向上や人材不足対策の切り札になる新たな働き方のモデルを提示。本連載では『「自営型」で働く時代――ジョブ型雇用はもう古い!』(太田肇著/プレジデント社)から内容の一部を抜粋する。

JBpressですべての写真や図表を見る

 第1回は、野球やラグビーの日本代表の活躍ぶりをヒントに、メンバーシップ型かジョブ型かといった二項対立を乗り越え、経営者が目指すべき雇用の方向について解説する。

<連載ラインアップ>
■第1回 「侍ジャパン」はメンバーシップ型でもジョブ型でもなく、何型だったか?(本稿)
第2回 “ジャパンアズナンバーワン”再来? 「自営型」が日本になじみやすい理由
第3回 ウェブ調査で判明、中小企業経営者の「自営型」導入への期待とその役割とは?
第4回 建設業や営業職で実証、なぜ「一気通貫制」で生産性が上がるのか?
第5回 キヤノン、オリンパスの生産性を上げた「一人生産」方式は、どう進化したか?
第6回 欧米企業幹部の働き方は、なぜ「ジョブ型」でなく「自営型」に近いといえるか

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

■まえがき

 2023年の春、日本中の人々を熱狂させたWBCワールドベースボールクラシック)、「侍ジャパン」の大活躍は私たちの記憶に新しい。

 日本戦の平均世帯視聴率(関東地区)は全試合で40%を超え、準々決勝のイタリア戦では、なんと48%に達したそうである。昔に比べ野球人気に陰りが見られる昨今だけに、この数字は驚異的だ。

 2019年ラグビー、2022年サッカーワールドカップもまた、人々をテレビの前に釘付けにした。そこで目にした日本チームと代表選手の戦う姿には従来とひと味違うものがあり、それがいっそう人々の心を引きつけたようだ。

 日本チームの活躍ぶりを目にした人のなかには、自分の職場やビジネスの世界と重ね合わせていた人も多かった。その証拠に大会直後の新聞やビジネス雑誌には、日本チームと企業におけるリーダーシップやマネジメントを結びつける記事があふれていた。

 とりわけ「ニッポン大好き」の人たちは、活躍した日本チームの姿に絆やチームワークといった日本の強みを感じ取り、「メンバーシップ型」雇用の復活に自信を深めたのではないか。いっぽう国籍や所属の異なる選手からなるチーム編成や、期間限定で結集したところに注目した人は、欧米的な「ジョブ型」雇用に明るい未来の展望を見出したことだろう。

 実際に社会人学生が多い大学院の授業や、ビジネスパーソンを対象にした研修などで日本チームの話題を持ち出すと、必ずといってよいほどメンバーシップ型か、ジョブ型かという議論に発展したものだ。

「働き方改革」といえば数年前までは長時間労働の是正がメインテーマだったが、労働時間の短縮が急速に進んだ結果、主役の座はジョブ型の導入に移った感がある。ビジネスの世界でも、「日本の伝統的なメンバーシップ型から欧米式のジョブ型へ」というフレーズが、あたかも既定路線のように独り歩きしている。

 しかし冷静に考えれば日本式のメンバーシップ型か、欧米式のジョブ型かという単純な二項対立図式が、いかに現実をとらえる視線をゆがめているかがわかるはずだ。

 たとえば日本人労働者のほぼ4割を占めるパート、アルバイト、派遣といった非正規従業員はメンバーシップ型よりジョブ型雇用に近いし、欧米企業でも上級管理職は「ジョブ」というより「ミッション」に基づいて仕事をする。

 ついでにいえばアルバイトやインターネット経由で単発の仕事を請け負うギグワーカーの労働条件を見たら、ジョブ型の未来が必ずしもバラ色でないことは容易に想像できるだろう。

 そもそも「既定路線」の先にあるジョブ型は、源流をたどればむしろメンバーシップ型より古く、現在とはまったく経営環境が異なる時代の産物であることがわかる。そして来るAI(人工知能)時代に最も淘汰されやすい働き方だといえる。

 いっぽう、活躍した「侍ジャパン」やサッカーラグビーの日本チームを組織論的に見ると、個人が集団に埋没するメンバーシップ型や、一人ひとりが与えられた仕事だけをこなすジョブ型とは異なるタイプのチームだったことがうかがえる。

 メンバー一人ひとりがプロとして主体的にチームへ参加し、自分の個性を生かしながら優勝をめざすプロジェクトに貢献する。その姿は、「自営集団」と称するほうがふさわしい。

 投打二刀流で奮闘する大谷翔平選手や、瞬時に攻守ところを変えるサッカーラグビー選手のプレーぶりは、まるで自営業の働き方そのものだ。選手の身の振り方やプレー内容も、チームワークのスタイルも、以前と比べて明らかにバージョンアップし、それが日本チームの活躍にもつながっているのである。

 ビジネスや労働の世界でもいま、メンバーシップ型かジョブ型かという観念的な二分法の陰で、新たな第三の働き方が静かに、しかし急速に広がっている。そして企業の経営者も、働く人々も、めざしている視線の先はそちらを向いている。雇用かフリーランスか、言い換えれば組織に属しているか否かにかかわらず、半ば自営業のようにある程度まとまった仕事を一人でこなす「自営型」と呼ぶべき働き方である。

 たとえば企業の経営者や人事担当者の口から頻繁に聞こえてくるのは、「これまでの日本的な雇用はもう限界だが、欧米式のジョブ型は弊害が多すぎる」という声だ。そして理想の社員像について尋ねると、「自分で判断して行動できる自律型社員」であるとか、「プロジェクトを安心して任せられる社員」といった答えが返ってくる。

 いっぽう就活を間近に控えた学生たちにどんな働き方をしたいかと聞くと、「自分で仕事の企画を立ててやり遂げたい」とか、「自分の成果が見えるような仕事に携わりたい」などと答えるし、研修で若手社員の話に耳を傾ければ、いちばん多く聞こえてくるのは「もっと仕事を任せてほしい」という要望だ。

 彼らが求めているものこそ、まさに「自営型」ではないか。

 企業側も働く人の側も、暗黙のうちに理想的な働き方として自営型をイメージしているのである。そして社員一人ひとりにまとまった仕事を任せたら受け身の姿勢が見違えるほど積極的になったとか、若手が会社を辞めなくなったという経験をたびたびしている。

 にもかかわらずメンバーシップ型かジョブ型かという既成概念に縛られているので、あるいはそれしか知らないので、自営型という働き方が意識されないだけなのである。

 たとえていうなら「甘い」と「辛い」しか知らない幼児が酸っぱいブドウを口にしても、「甘い」か「辛い」かでしか表現できないようなものだ。

<連載ラインアップ>
■第1回 「侍ジャパン」はメンバーシップ型でもジョブ型でもなく、何型だったか?(本稿)
第2回 “ジャパンアズナンバーワン”再来? 「自営型」が日本になじみやすい理由
第3回 ウェブ調査で判明、中小企業経営者の「自営型」導入への期待とその役割とは?
第4回 建設業や営業職で実証、なぜ「一気通貫制」で生産性が上がるのか?
第5回 キヤノン、オリンパスの生産性を上げた「一人生産」方式は、どう進化したか?
第6回 欧米企業幹部の働き方は、なぜ「ジョブ型」でなく「自営型」に近いといえるか

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  中内功が築き上げた日本有数の巨大企業グループ、ダイエーはなぜ転落したのか

[関連記事]

デンソーが本腰入れる「ソフトウェア改革」、ソフト開発者はどう変わるのか?

業界を変える大和ハウス工業の「アナログ人間でも使えるデジタルツール」の力

写真提供:共同通信社