フランス演劇界を牽引する劇作家、フロリアン・ゼレールによる“家族三部作”のうち、これが日本初演となる『La Mère (ラ・メール)母』と、3年ぶりの待望の再演となる『Le Fils(ル・フィス)息子』の二作品同時上演が決定。演出は、『Le Fils 息子』(2021)と『Le Père(ル・ペール)父』(2019)の日本公演を手がけていたラディスラス・ショラーが引き続き今回も務めることになった。『La Mère 母』と『Le Fils 息子』、このどちらも登場人物は同じ名前で、息子・ニコラは岡本圭人、母・アンヌは若村麻由美、父・ピエールは岡本健一が演じる。彼らの運命を見守りつつ、親子、家族の在り方について改めて想いを馳せることのできる、良質の演劇体験が味わえるはずだ。

今作で再び難役・ニコラと向き合うことになった岡本圭人に、この作品へ抱いている特別な想いや意気込みなどを語ってもらった。

岡本圭人

岡本圭人

ーー今回は『La Mère 母』​と『Le Fils 息子』の二作同時上演ということになりますが、まずは圭人さんにとって記念すべき初舞台でもあった『Le Fils 息子』を振り返っていただくと、どんな想いがありますか。

やはり、特に『Le Fils 息子』の初日の舞台は自分の中でも忘れられない時間だったなと思います。ストレート・プレイの舞台に立つことは自分の夢でもありましたから、それが叶った瞬間でもあるし、憧れの父親との共演でもありましたし。さらに俳優としてという意味ではひとつめのお仕事でもあったので、自分としては特別な思い入れのある作品になりました。だけど今考えると一生懸命やってはいたものの、逆に一生懸命やりすぎていたかもしれないなという気持ちもあります。自分の役を生きることに精一杯で、本番中はまだ良かったんですが、稽古中はまさに自分自身も悩みを抱えている少年そのものになってしまっていて(笑)。台本を初めて読んだ時に、それこそがフロリアン・ゼレール作品の魅力なのかもしれませんが、本当に自分の物語のように思えたんです。きっと初めてこの作品を読む人、また舞台を観る方ももしかしたら自分自身と照らし合わせて考えることが多いのではないでしょうか。それは息子としての立場からかもしれないし、親としての立場からかもしれない。そういった部分も含めて、とにかくこの作品をしっかりと届けたい、多くの方に観ていただきたい、その一心で臨んだ舞台でした。

ーーちなみに、お父様の健一さんはどんなご様子でしたか?

やっぱり幕が開くまでは相当不安だったようで「おまえ、大丈夫なの? できるの?」って言っていましたね(笑)。でも初日の幕が開いた後は「これって、すげえ舞台じゃね?」みたいなことを言うんで「だから、そう言ってたじゃん!」って(笑)。大千穐楽の舞台が終わった時は、自然とハイタッチしたりハグしたりもして、お互いにすごく充実感があった作品だったように思います。それに自分の友達も観に来てくれたんですが、この作品のことはいまだに心に残っている人が多いみたいで。当時はコロナ禍でお客様が劇場に来られる機会が今よりも少ない状況でしたから、今回こうして再演という形でまた多くの方々に観ていただけることはとても嬉しいです。それに、父親と共演する機会もあまりないですし、もしかしたらこれが最後になるかもしれません(笑)。あと、この作品で初舞台を経験したあと、様々な舞台やドラマを経験させてもらったので、その後の成長した姿を父親だけでなく、他のキャストのみなさんや演出のラディスラス・ショラーさん、そして初演を観てくださったファンの方々に見せられたらいいな、とも思っています。

岡本圭人

岡本圭人

ーー今回はその『Le Fils 息子』と、日本初演の『La Mère 母』​との二作品同時上演という形になります。この企画を聞いた時はどう思われましたか。

同じキャストで二作品を同時に上演する企画といえば、ちょうど先日、父親も新国立劇場のシェイクスピア作品でダブルビル(『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』2023年)をやっていて。あれを観た時、二作品同時だと物語がそもそも持っているものよりも強いものを観る側が受け取れるような気がしたんですよね。今回の『Le Fils 息子』と『La Mère 母』は、どちらも登場人物の名前は一緒ですが、でも一応別の家族を描いていて。だけれども、セリフの中でちょっとリンクする部分があったりもする。それが同じキャストで上演されるというのは、お客様にとって新しい演劇体験になるかもしれないな、とも思っています。演じる側としては、名前が一緒だというのはちょっと気が楽です、違う名前で呼んじゃったらどうしようという心配がないので(笑)。もしも自分が出ていなかったらぜひ観てみたいです、一体どういう感じになるんだろう? と思うだろうし。同じキャストで同時上演することで起きる奇跡というものも生まれそうな作品だと思いますので、できればぜひ両作品とも観ていただきたいです!

ーー初めて取り組む『La Mère 母』​という作品については、どんな印象をお持ちですか。

この台本を読んだ時、僕は自分の母を思い出して「ああ、もしかしたら自分の母親もこういう風に考えていたのかもしれないな」と思ったりしていました。それは『Le Fils 息子』の台本を初めて読んだ時や、映画化された作品を観た時も同じように父のことを思ったので、やはりフロリアンの書く家族の作品は誰もが自然と共感できるものなのかもしれないですね。そして若村麻由美さんとは初舞台の時以降も、毎年のように共演させていただいていまして。

ーー縁がありますね。

なんだかもう、まるで僕のことを子供のように大切にしてくださるんですよ。だから、その繋がっている感じもきっと今回の作品で滲み出るんじゃないかなと思っています。でも本当に『Le Fils 息子』同様、『La Mère 母』​もすごい台本だなって思います。個人的には、去年の夏頃から翻訳作業というか、ちょっとした手直しを翻訳家の方と一緒にやっていたんですけれども。フランス語の原文、英語の原文と照らし合わせながら、どういう言葉にしたら日本語で上演した時にセリフがより伝わるようになるだろうと、何時間もかけて取り組んできたので。

岡本圭人

岡本圭人

ーーということは、圭人さんは翻訳補みたいな立場でもある?

いやいや、そこまでのことではないです、ちょっとしたアドバイスです。

ーーでは、翻訳協力?(笑)

翻訳お手伝い、くらいかな(笑)。これは初演の『Le Fils 息子』の時も同じようにやっていたことなんですけどね。既に日本語でできあがった台本を読むだけではなく、翻訳家の方に「このフランス語の原文は、どういう時に使う言葉なんですか」と聞いたり、細かいニュアンスを確かめたりすることで得られる情報ってたくさんあるので。たとえば英語でいう「yes」、フランス語でいう「oui」は、日本語ではどう訳せばいいのか。全部「はい」では家族の会話にならないから、だったらここは「うん」とか「ああ」かな、とか。そうやって何度も何度も読み合わせしながら、検討していったんです。言語の壁ももちろんありましたが、この作業をすることで自分たちに馴染む言葉になったと思います。

ーー圭人さんご自身が、ニコラと同じ17歳くらいの頃に彼と同じような気持ちになったことはありましたか。

17、18歳の頃は、自分の場合はありがたいことにずっと周りに話せる仲間、子供の時から一緒に過ごしてきた同世代のメンバーっていう存在がいたので。僕が悩んでいる時には一緒に悩んでくれ、楽しい時には一緒に楽しめる友達がいたのですごく自分は助けられていましたね。そういう存在が、ニコラにとっては家族しかいなかったと思うと、自分は本当に恵まれた世界にいるなと改めて思います。

ーーもし圭人さんがニコラの友達だったとして、どんな声をかけてあげれば良かったんだと思いますか。

日本ではあまりない文化なのかもしれないんですけど、ただ「ハーイ」とか「こんにちは」って声をかけるだけではなくて「How are you?」「元気?」「調子はどう?」みたいな、さらに相手の様子を聞く言葉をかけることって実はとても大事だったんじゃないかと思うんです。自分が海外で暮らしていた時にはよく使っていた言葉なんですけど、日本に帰ってきてからはそういえばあまり口にしていない気がして。「調子、どう?」って結構、重要な言葉なのかもしれません。

ーーそうやって、軽く聞ける言葉があるといいですね。

そうなんですよ。だけど、たとえばこうしてインタビューしている間もお互いのことを話すことってまずないですよね。「よろしくお願いします。調子はどうですか?」みたいな会話ってなかなか日本で言うことはないんですけど、そうやって言葉を交わすことで相手が元気かそうじゃないかってすぐわかるものじゃないですか。そうしたら、自分にも何かできることがあるかもしれないよなって思うんです。

岡本圭人

岡本圭人

ーー『Le Fils 息子』の初演を経験したことで、ご自身の家族に対する思いや見方などで変化したことはありましたか。

どうでしょうね。『Le Fils 息子』に関しては、あんなに長い時間ずっと父親と一緒にいることが子供の頃からなかったので、逆に親子としての関係性が深まったかもなんて思ったことはありました(笑)。そして『La Mère 母』​の台本を読んだことで、母親と会う時間をより大切にしよう、会える時は会うようにしようと思うようになりました。これまで、母がどう思っているかということを意識したことがあまりなかったんですよ。でもこの『La Mère 母』​という作品は、まさにそこがテーマで、母が子を想うこと、愛する息子への気持ちを描いている作品なので。だからこの作品に出ることが決まってからは、なるべく母との時間を大切にするようにしています。

ーー再演ということは、初演時にご一緒した方との再会も待っていますね。

そうなんですよ。若村さんとは『Le Fils 息子』の後も、野村萬斎さんが演出された『ハムレット』(2023年)や今年1月の朗読劇『ラヴ・レターズ』でもご一緒させていただいていまして。自分がとても信頼し尊敬している女優さんなので、こうしてまた作品を一緒にできることは本当に楽しみです。伊勢佳世さんは、初演後も何度か舞台を拝見していますけど、自分の中で一番頭に残っているのは『ダウト』(2021年、風姿花伝プロデュース)ですね。客席から観ることで素晴らしい女優さんであることを改めて実感し、絶対にまたご一緒したいなと思っていました。浜田信也さんは『Le Fils 息子』の初日が終わった瞬間に駆け寄ってきて「お前は最高の役者だよ!」って言ってくださって。それがずっと自分の心に残っているんです。あの時いただいた言葉のように本当の“最高の役者”になりたいと思って、これまで頑張ってきたつもりなので、またご一緒できることはありがたいです。木山廉彬くんとは、この作品が本格的にスタートする前から本読みやセリフを覚える練習に付き合ってもらったり、本当にいろいろと手伝ってもらっていて。初めての俳優さんの友達でもあるので(笑)、また今回も長い時間を共に過ごせるのはすごく嬉しいです。

ーーちなみにこの二作品、どちらを先に観たほうがいいとか、オススメはありますか?

いや、それはわからない!(笑)

ーーどちらが先でも大丈夫だろうとは思いますが(笑)。

でもとにかくこの両作品は、とても違う雰囲気の作品になるんじゃないのかなとは思っていて。きっと『La Mère 母』​を観た後で『Le Fils 息子』を観たらまた違った感慨が出てきそうだし、もちろんその逆もアリだし。特に『La Mère 母』​は、ニコラがどういう存在なのかがあまりハッキリとは明かされないので。もしかしたら『Le Fils 息子』を観ることで、謎だった母の想いが解けるかもしれない。『Le Fils 息子』を観てから『La Mère 母』​だった場合は、それはそれで気づくことがいろいろありそう。どちらがよりいいかは僕にはわかりません、そこはもうご縁次第ということで!

ーー物語としては、どちらが先でもちゃんと成り立ちますし。

なんなら『La Mère 母』​、『Le Fils 息子』、そしてもう一度『La Mère 母』​に戻ったっていいですしね!(笑)

岡本圭人

岡本圭人


 

取材・文=田中里津子    撮影=池上夢貢

岡本圭人