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 生物のゲノムには、その生物の身元だけでなく、生物の根本的な”垣根”すら超える生存環境の痕跡が残されているようだ。

 カナダのコンピューター科学者と生物学者が、AIに極限環境微生物のゲノムを分類させてみたところ、「ドメイン」という分類学上の分け方とはまた違う、別の分け方をすることが明らかになったのだ。

 それは極限環境微生物が生息している極端な熱環境に基づくもの。研究チームによれば、この発見は、環境的次元というまったく新しいゲノムの次元が見つかったような大発見であるそうだ。

【画像】 DNAという言語で書かれた設計図、ゲノムを読み解く

 「ゲノム」とは、生き物が生きるために必要な情報がすべて書かれた設計図のようなものだ。

 そこにはDNAという言語によって、今地球上にいる生物すべての祖先となった「最初の共通祖先」から始まり、その生物にいたるまでの進化の道のりが記されている。

 それを比較すれば、それぞれの生物の関係を明らかにして、進化の系統樹の位置付けを特定することができる。

 カナダ、ウェスタン大学の生物学者キャサリン・A・ヒル准教授と、ウォータールー大学のコンピューター科学者リラ・カリ教授は、そうしたゲノムはDNA言語で書かれたテキストのようなものと説明する。

 ゲノムはアデニン・シトシン・グアニン・チミン(A、C、G、T)の4つの配列で構成されるDNAによって書かれている。

・合わせて読みたい→海底のさらに下、地殻の奥深くから微生物が発見される(米研究)

 これを文字や言語と見立てることができるのだ。たとえば”CAT”は、シトシン・アデニン・チミンの3文字で書かれた"DNA単語“だ。

 1990年代、生物のゲノムから短いDNA配列を取り出し、そこで繰り返されているDNA単語を数えることで、その生物の身元を特定する方法が考案された。

 ヒル准教授とカリ教授によれば、それは英語の本とフランス語の本を区別する作業にも似ているという。

 それぞれの本から適当に1ページ抜き取りざっと目を通してみると、英語の本には”the”、フランス語の本には”les”という3文字の単語がたくさんあることに気づくだろう。どちらも定冠詞なので、どのページを調べてみても、おそらく結果は同じだ。

 そしてゲノムのDNA言語にも同じことが言える。DNA配列の位置や長さに関わらず、その生物の身元を推測できるDNA単語の繰り返しがある。

 これまで、こうした手がかりは、その生物の種・属・科・目・綱・門・界・ドメインを指し示していると考えられていた。ところが意外にも、ヒル准教授とカリ教授はそれ以外のヒントがあることを発見したのだ。

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DNA 鎖は、アデニン、シトシン、グアニン、チミン (ACGT) という一連の基本単位で構成される/photo by iStock

AIがドメインを超えた分類を発見

 2023年の研究で研究者たちは、今説明した方法によって「極限環境微生物」を調べている。

 こうした微生物は、100度を超える暑さや、マイナス12度以下という寒さ、さらにはペーハーが極端なほど偏った環境など、とんでもないところで生きている。

 研究チームは、AIに極限環境微生物700種のDNAデータを機械学習させ、そこにある共通点にもとづいてグループ分けするよう命じてみた。

 実験前、極限環境微生物は「細菌」か「古細菌」に分類されるだろうと研究チームは予想していた。ところが驚いたことに、何度試しても、細菌と古細菌が混ざるグループができてしまうのだ。

 一体なぜなのか? 分析から明らかになったのは、そのグループには極端な熱を好むという共通点があることだ。

 生物の分類においてもっとも基本的なグループは「ドメイン」と呼ばれるもので、真核生物・細菌・古細菌の3つのドメインがある。

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分類学において、もっとも主要なドメインである古細菌と細菌をそれぞれ紫色と青色で示し、二次ドメインである真核生物を緑色で示した生命の概略図 / image credit:Tara Mahendrarajah, CC BY

 「真核生物」は、膜で包まれた核を持つ生物だ。このドメインには動物(もちろん人間もだ)・植物・菌類・原生生物が含まれる。

 一方、「細菌」と「古細菌」は、膜で包まれた核を持たない生物だ。それを持たない点では同じだが、細胞壁などの組成が大きく異なるため、細菌と古細菌は区別される。

 こうした3つのドメインは、それぞれが大きく異なる。ヒル准教授とカリ教授によれば、たとえば細菌と古細菌の遺伝子は、ホッキョクグマ(真核生物)と大腸菌(細菌)くらい違う。

 これほど違うのだから、AIは細菌を細菌グループに、古細菌古細菌グループに分類するだろうと予想されるのも当然のことだ。

 ところが実際にグループ分けの基準となったのは、極端な熱に適応しているかどうかだったのだ。それは、両者が生息する極端な温度環境は、それぞれのDNA言語に広範で系統的な変化を引き起こしたということだ。

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ピュロコックス・フリオスス。超好熱古細菌だが、AIは同じく熱を好む細菌と同じグループに分類した / image credit:Michelle Kropf/Wikimedia Commons, CC BY

ゲノムの新しい次元

 ヒル准教授とカリ教授は、この発見について、よく知られている分類学的な次元のほか、さらに環境的次元というまったく新しいゲノムの次元を発見したようなものと述べている。

 この予想外の発見は、地球の生命の進化を理解する手がかりになるだけでなく、宇宙空間で生きるために何が必要かを考えるうえでも大きなヒントになるという。

 研究チームは現在、「デイノコッカス・ラジオデュランス」のような放射線に耐性のある極限環境微生物のゲノムにも、それならでは環境の痕跡があるのか調べているところだ。

References:Extreme environments are coded into the genomes of the organisms that live there / written by hiroching / edited by / parumo

 
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極限環境を生きた証が生物のゲノムに刻み込まれていることが判明