2024年6月から、全国一律で定められた医療サービスの公定価格である「診療報酬」が改定されます。外来・入院ともに患者の自己負担額が上がるほか、医療サービスの仕組みにも少し変化が見られるようです。具体的にはどのような変化があるのでしょうか? 詳しくみていきます。

2年に一度、6月からの診療報酬改定

2024年6月に「診療報酬」が改定されます。診療報酬とは、医療サービスの対価として、全国一律で定められた公定価格のことです。私たちが全国どこの医療機関で受診しても自己負担額が同じなのは、診療報酬の制度があるためです。

診療報酬改定は、基本的に2年ごとに実施されます。時代に応じた適切で高品質な医療サービスの提供を目指して対価が見直されるのです。また、国民の経済状況や社会の変化に対応することも、診療報酬改定のテーマです。

2024年は「トリプル改定」の年

さらに2024年は「トリプル改定」の年として注目を集めています。

トリプル改定とは、文字どおり3つの改定が重なるタイミングを意味します。介護報酬改定と障害福祉サービス等報酬改定は3年ごとに実施されるため、6年に一度、診療報酬改定と重なります。

つまり、医療・介護・障害福祉サービスを総合的に見直す大きな機会であるため、注目されているのです。

今回の改定では、とくに2025年問題(“団塊の世代”が後期高齢者となり、超高齢化社会を迎えること)に対応するために、医療と福祉の連携や、新しい医療体制に関する議論が期待されています。

医療と福祉の改善が期待される反面、地域医療のありかたにも影響を及ぼすでしょう。そしてもちろん、この改定は個人の医療費の負担額も変えます。2024年の診療報酬改定が私たちの健康と財布にどのようなインパクトがあるかを説明します。

2024診療報酬改定の焦点は「賃上げ」「医療連携」「ICT活用」

今回の診療報酬改定のポイントは次の3つです。加点の変化を知ると、国の医療改革の方針が見えてきます。

1.医療従事者の賃上げ

今回、加点の一部が医療従事者の賃上げに使われます。昨今の物価高の反映や、処遇改善による人手不足の解消を目的とした賃上げです。

国が全業種に対して賃上げを促すなかで、医療介護分野の平均賃上げ率は他業種と比べ低い傾向にあり、人材流出が深刻な問題となっています。このため、看護師・看護補助者・技師に加え、40歳未満の医師や薬剤師も含めた幅広い職種に対して4%程度の賃上げを行い、医療従事者の処遇改善を図ります。対象者はおよそ900万人です。

賃上げによる経済の好循環も期待されています。そしてもちろん、報酬が適正化され医療従事者の仕事への満足度が上がれば、患者へのサービスの質も向上するはずです。

2.医療連携を強化し、高品質な医療サービスを実現

患者の医療情報の活用と医療機関の連携も、今回の改定のポイントです。

医療機関同士で患者の情報を共有し、それぞれが連携することで、一貫した高品質な医療サービスの実現を目指します。たとえば、介護施設と医療機関の協力関係が明確化されると、往診時に加点されます。

1人の患者にまつわるリハビリ・栄養管理・口腔管理といった医療情報が連携されると、地域の医療体制が整備され、質の高い在宅医療・訪問看護につながるはずです。

この医療連携は、厚生労働省が2025年を目処に構築を進めている「地域包括ケアシステム」に欠かせない施策です。地域包括ケアシステムとは、超高齢化社会における医療や介護の需要増に対応するために、住まい・医療・介護・予防・生活支援を各地域ごとに一体的に提供し、支える仕組みのことです。

2024年の診療報酬改定は、超高齢化社会の医療体制づくりの「要(かなめ)」なのです。

3.マイナ保険証の普及…ICT活用

高齢化社会の到来によって医療や介護の需要は増えるものの、人口減少も同時に加速しているため、人手を増やす方向での医療提供体制の強化には限界があります。

この難局を乗り切るためには、ICT(電子カルテなどの情報通信技術)活用が鍵となります。ICTによって医療情報の共有はスムーズになり、診断の効率化も進みます。また、遠隔医療も発展するでしょう。

このため、今回の改定では「医療DX推進体制整備加算」が新設されます。マイナ保険証によるオンライン資格確認、電子処方箋、電子カルテ情報共有サービスなどに取り組む医療機関が評価されるのです。また、マイナ保険証で受診した場合に患者が支払う額は20円から10円に引き下げられます。これらの改定からは、ICT活用を促す国の姿勢が読み取れます。

私たちの健康と財布への影響は?

今回の改定によって、外来・入院ともに基本的な報酬が上がります。3割負担の方では、初診料は21円、再診料は14円アップします。ほかにも患者の自己負担額増となるポイントを紹介します。

知っておくべき「選定療養」

日本の医療制度には「選定療養」という仕組みがあります。選定療養とは、簡単に説明すると、社会保険に加入している患者が追加費用を負担することにより、保険適用外の治療を、保険適用の治療と併せて受けられる医療サービスのことです。たとえば、入院時に患者が特別室などを選ぶと「差額ベッド代」が発生し、差額ベッド代は選定療養の扱いであるため、患者の自己負担となります。

今回、選定療養に「後発医薬品(ジェネリック)のある先発医薬品」が加わります。患者がジェネリックを選ばずに先発薬を希望した場合、ジェネリックとの価格差の25%が保険適用外となり、患者が自己負担します。

この措置は、価格の低いジェネリックへの移行を促進し、増大し続ける医療費を抑制することがねらいです。

対象となるのは、発売から5年以上経過したか、ジェネリックへの置き換えが50%以上進んでいる先発薬です。ただし、医師が先発薬を必要と判断した場合や、薬局にジェネリックの在庫が不足している場合などは、選定療養とは見なされません。

あくまで「患者自身が、ジェネリックではなく先発薬を希望した場合」のみ支払いが増額します。

自己負担額は増加するが…?

さらに特定の医療サービスに対する自己負担も増加します。

たとえば、入院時の食費も見直され、一般所得者の場合1日あたり30円アップします。これは昨今の食材費の高騰を反映したものです。

このように、一部の患者にとって個人負担増は明らかではあるものの、将来的には医療費全体の抑制に効果があります。医療費の適正化と医療保険制度の持続可能性という観点からも、必要な負担増であると筆者は考えます。

診療報酬改定によって効率化が進めば、医療提供コストは下がります。そして最終的には患者負担の軽減につながる可能性があるのです。

さらに、医療DX推進や医療連携の強化も、医療サービスの質そのものを変え、向上させます。患者が必要とする医療サービスへのアクセスも改善するでしょう。たとえば、従来なら都市部でないと受けられなかった専門的な治療が、遠隔医療によって受診しやすくなるはずです。

これらのポジティブな変化は、患者の健康状態そのものを改善し、長期的に見れば医療費の削減につながるはずです。そして医療費削減は、長い目でみると私たちの財布を守ることでもあります。

高品質な医療サービスを受け続けるために

2024年の診療報酬改定は、私たちの健康と財布に直接および間接的な影響をおよぼします。健康への影響は、今回ご紹介したとおり、医療へのアクセス改善と医療サービスの質の向上ですから、おおむねポジティブな影響といえるでしょう。

一方で、財布への影響は負担増となります。とはいえ、将来的な医療費負担を抑える方向での改革です。

診療報酬改定は、日本の医療制度が直面する課題に対処し、私たちが今後も高品質な医療サービスを享受し続けるための大切なステップなのです。

新上 幸二

株式会社アクシス

取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)