親の介護は誰にとっても他人事ではありません。高額な介護費用への不安はもちろん、育ててもらった恩から親を献身的に支えなくてはならないと考え、精神的な負担を感じてしまう人も多いのではないでしょうか。本記事では『働く君に伝えたい「お金」の教養 』(ポプラ社)から、著者の出口治明氏が介護費用や親に対するスタンスについてアドバイスします。

親の介護費用はいくら用意しておけばいいのか

ーー平均寿命が延びてきたこともあり、自宅介護できない高齢者を施設に入れることが増えてきましたよね。うちの親はまだ大丈夫ですが、親戚や少し上の先輩を見ていると結構たいへんそうで……。実際、気になって近所の施設の入居費を調べたら、年間で数百万円かかるようです。やっぱり親の介護費用まで見越して貯蓄したほうがいいのでしょうか?

親がすでに貧困にあえいでいるなど特別な場合を除いて、親のために貯蓄するという考えは持たなくていいと思います。お金を援助するよりも、みなさんが親にすべきことがあります。それは、親にいつまでも健康でいてもらえるよう、自立を促すこと。シンプルに言えば、放っておくことです。

極論ですが、親は放っておいたほうが元気で長生きします。自分の力だけで生きていこうとするからこそ、身体も脳もフル回転させて使うわけですから。これは、事実です。

僕の口の悪い知り合いの医者は、「60歳になった役員は、車と秘書を手放せ」と言っていました。車があったら歩かない。秘書がいたら任せきりになる。足とアタマを使うことが健康のための条件だ。もし「そんなことできません」と部下に言われたら、その部下はあなたの権力を奪おうとしているに違いない。なおさら手放して、働き盛りで忙しい40代〜50代の若い人に秘書と車を与えてしまえ、とね。

ほかにも、こんな話があります。北欧の老人ホームの多くは、コレクティヴハウスのようなものらしいんですね。朝食の時間になったら起こされて、服を着替えて、食堂に集まるでしょう。すると、みんなで朝食を食べている間に職員が入居者の部屋に鍵をかけ、閉め出してしまう。もちろん、お医者さんから「この人は安静にさせておきなさい」と言われた人は除いて、です。

部屋に鍵をかけられると、行く場所は3つしかありません。リビングでほかの入居者と話をするか、施設の庭を散歩するか、街に出かけるか。つまり、常に「行動」しなければならなくなるのです。

もし何の制約もなければ、自分のラクなように生きてしまうでしょう。ごはんを食べて、部屋に戻って寝る。ごはんを食べて、部屋に戻ってテレビを見る……。そんな内側から部屋の鍵をかけるような生活をしていると、あっという間に足腰もアタマも「弱った老人」になってしまいます。

そうすると、子どもや施設の職員が面倒を見なければならなくなるし、そのためのお金もかかります。北欧の老人ホームのスタイルのほうが、はるかに脳も使えば身体も使う。よほど元気なままでいられるというわけです。

優しさよりも冷たくあたるほうが親の自立には有効

そうそう、昔僕の友人が脊髄を損傷して入院したとき、最初の1週間は喜んでいたのです。「やさしい看護師さんがごはんを食べさせてくれて、トイレもさせてくれるんだよ」と自慢げだった。ところが1ヶ月後、また見舞いに行くと、どうも落ち込んでいる。どうしたのか聞いてみると、「自分でごはんを食べて、自分でトイレに行けることがこんなにありがたいことだとは思わなかった」と肩を落として言うのです。

最低限、自分の生命を維持する活動に自分で責任を持てること。これが人間の尊厳なのだとしみじみ感じました。自分で食べられて、自分でトイレに行けて、自立して生活できる期間が「健康寿命」です。

自分の親に彼と同じような気持ちを味わわせないために、健康寿命を延ばしてあげるのが子の務めというもの。ただ生物として「生きる」のではなく「楽しく暮らす」ためには、健康寿命が大切ですからね。

恐ろしい話ですが、平均寿命と健康寿命とでは、すでに10年前後の開きがあります。つまり、介護期間が10年にもわたるということです。そして、健康寿命を延ばすためには、働いて、少額であっても自分で稼いで、規則正しい生活を送って、社会とつながりを持ってもらうしかありません。

ジョークですが、「『お母さんは私が引き取って一生面倒を見るわ。もう安心していいよ』と娘に言われた途端、認知症になる準備が整う」と言われることがあります。親にそうなってほしくないのであれば、将来の介護の話になったとき、「自分にはそんな余裕はないから一銭も払えない。アテにしないでほしい」と、冷たくあたるくらいがちょうどいいのでしょうね。

出口 治明

立命館アジア太平洋大学 学長特命補佐/ライフネット生命保険株式会社創業者

※本記事は『働く君に伝えたい「お金」の教養』(ポプラ社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。

(※写真はイメージです/PIXTA)