給与が上がらないままモノの値上がりが続く昨今、「生活保護」を申請する家庭が増えています。生活保護制度に対しては、「税金の無駄遣い」「働かずに金をもらうなんてズルい」など批判も少なくありませんが、生活保護は本当に“ズルい”のでしょうか? シングルマザーA子さんの事例をもとに、FP Office株式会社の西田順子氏が「生活保護のしくみ」と「生活保護からなかなか抜け出せない理由」を解説します。

元夫から養育費がもらえない…やむをえず生活保護を受給するA子さん

生活保護を受給しながら2人の子どもを育てているA子さん。「現状、生活保護に助けられてはいるものの、このまま受け続けても大丈夫なんでしょうか」と、筆者のFP事務所へ相談に来られました。

A子さんは千葉県在住で、2年前に離婚。当初は自分の力で生計を立てていこうとしましたが、子どもはまだ小さく、パートをする時間が割けません。また、元夫からの養育費等もあまりもらえず、悩んだ末に行政に相談。現在は生活保護を受けながら暮らしています。

A子さんの家族構成は下記のとおりです。

・A子さん……31歳

・長女……6歳

・長男……5歳

生活保護の基本的な仕組み

ではここで、生活保護の基本について整理しておきましょう。生活保護は、居住する地域によって給付される金額が変わります。これは、都市部と地方部など、その土地によって生活水準や住居費の平均が違ってくるためです。

これを「級地区分」といい、

・1級地-1、1級地-2

・2級地-1、2級地-2

・3級地-1、3級地-2

と6つの区分に分けられています。たとえば、東京23区など都市圏であれば生活費にかかるコストも高いと算定され、支給水準がもっとも高い1級地-1となっています。

今回の相談者であるA子さんは千葉県千葉市に住んでいるため、こちらの級地制度の区分は1級地-2に該当します。

また、生活保護には、光熱費や食費、衣服などに必要な「生活扶助」など下記の8種類の扶助があります。このうち、生活扶助と住宅扶助については、上記の級地区分や受給者の生活様態により変化します。そのほか、3.~8.の扶助については受給者の要件に当てはまる場合、組み合わせて扶助額が決定されます。

1.生活扶助……衣食、光熱水費、その他の日常の生活に必要な費用

2.住宅扶助……家賃、地代、住宅補修費などの費用

3.教育扶助……義務教育に必要な給食費や学用品代などの費用

4.介護扶助……介護サービスを利用するための費用

5.医療扶助……病気やケガなどをした場合の医療に必要な費用

6.出産扶助……出産に要する費用

7.生業扶助……技能を身につけたり、仕事に就くための費用

8.葬祭扶助……葬祭に必要な費用

※ 参照:千葉県千葉市生活保護制度について」より (https://www.city.chiba.jp/hokenfukushi/hogo/hogonoaramasi.html)

このほか、場合に応じて生活扶助に

母子加算……ひとり親世帯で、原則18歳未満の児童を養育している世帯

児童養育加算……高校等修了前の児童を養育している世帯

障害者加算……一定の要件を満たしている障害のある方がいる世帯

などが加算されます。ただし、障害者加算と母子世帯加算は併用できず、どちらか金額が高いほうのみが支給されます

※ 参照:千葉市生活保護のしおり」 (https://www.city.chiba.jp/hokenfukushi/hogo/documents/r3-1_seikatuhogonosiori_nihonngo.pdf)

また、住宅扶助については、定められた金額より自宅の家賃が低ければ、その家賃額が支給されます。なお、持ち家の場合は支給されません。

ちなみに、「自宅が持ち家だと、生活保護は受けられないのでは」と思っている人もいるかと思いますが、絶対に受けられないというわけではありません。

自宅が持ち家の場合、

・その住宅に資産価値があり、売却等をすれば収入が得られる場合

・住宅ローンの支払いが残っている場合

生活保護を受けることができませんが、ここに当てはまらない場合、持ち家でも生活保護受給の可能性はあります。

予想以上に高い「生活保護“脱却”」の壁

医療費も税負担もないが、資産形成は難しい

A子さんの場合、現在の生活保護の内訳は下記のとおりです。生活保護費としては、合計約21.6万円を受給しています。

・生活扶助基準額……11.5万円

(母子加算……約2.4万円)

(児童養育加算……約2万円)

・住宅扶助……約5.4万円

・教育扶助……約0.3万円

■合計……約21.6万円

生活保護受給世帯は所得税と住民税が非課税となるほか、国民年金保険料も納付が免除となります。さらに、医療扶助があることから、病院にかかった際も本人の負担はありません。

A子さんは、「勇気を出して生活保護を申請したことで医療費や税金の負担がなくなり、困窮していた生活が少し楽になりました」といいます。

その一方で、「離婚などでストレスをかけてしまった子どもたちには申し訳ないという思いもあり、旅行や遊びに連れて行ってあげたいのですが、なかなか……」。

子どもたちに少しでも楽しい思いをさせてあげたいA子さんですが、生活保護受給中では娯楽にお金を割けないと吐露します。

A子さんが言うように、生活保護は「国民として最低限度の生活に必要な費用」の支給が原則ですので、豪華な食事や遊びなどにお金を使うことは難しくなります。

「子どもたちのやりたいことはできる限り叶えてあげたいですし、のびのび育って欲しいです。このまま生活保護を受けていて大丈夫なのか? という気持ちもありますが、手に職もなく、パートをまた始めるとしても、2人の子どもの面倒を1人で見ているので、ちょっと厳しいかなという思いがあります。しかも働いたらその分生活保護費は減らされてしまいますし、不安ばかりが募っています」

A子さんは、涙をこらえながら話してくれました。

生活保護受給額と“同程度の給与”では、生活水準は保てない

いまのA家と同じ生活水準を働いて保とうとすると、生活保護のおかげで免除になっている住民税や所得税の支払い、国民年金の納付、医療費の支払いが必要になります。したがって、21.6万円では足りず、月に30万円近くの収入がないと厳しいでしょう。

いままでパート勤めばかりで、資格も特になく正社員の経験もないというA子さん。子育ての負担を考慮すると、いますぐに月30万円近い収入を得られる仕事に就くのは難しく、パートで長時間働くというのも現実的ではありません。

実際、A子さんのようにいったん生活保護を受給すると、同レベルで収入を得ることが厳しいために勤労収入での生活を諦め、結果的に生活保護から抜け出せなくなってしまうというケースも少なくありません。しかし、生活保護のままでは資産形成ができないため、長い目で見ると未来を見据えて生活基盤を整えることが叶わなくなってしまいます。

さらに、生活保護で育った子どもが、大人になって同じような境遇に陥り、2世代にわたって生活保護受給家庭になってしまうケースも。

したがって、筆者は「大変なのは重々承知のうえですが、A子さん自身が少しずつ生活基盤を整え、生活保護から脱却し、親の背中を見せることが子どもたちの未来にとっても重要です」と断腸の思いで伝えました。

生活保護は「資格取得」もサポート…助けを借りながら、少しずつ自立へ

これは生活保護の家庭に限ったことではありませんが、女性が子育てで家庭に入り、その後復職を望んだ場合、子育て期間から復職までのブランクや実務経験のなさ、年齢などが弊害となり社会復帰が難しいケースが未だ多くあります。

幸い、A子さんは現在31歳と、これからスキルを身につけて仕事を探すことも可能な年齢です。まだまだ可能性は広がっているでしょう。

また、生活保護世帯の場合、受給者が新たな職業を得るために技能や資格を得ようとすると、前述の「生業扶助」を申請することができます。ケースワーカーに相談後、扶助が必要があると認められた場合、資格取得費なども支援してもらえます。ただし、この生業扶助には「資格などが取得できなかった際は返還の義務がある」などの決まりもあります。

A子さんの子どもは6歳と5歳。もうすぐ2人とも小学校に入ります。いまよりも時間に余裕ができれば、資格の取得に向けた動きも少しずつとれるようになるはずです。せっかくですから、一生涯働けるようなスキルを身につけてはどうでしょう。

「必要な行政支援はフル活用しながら、未来の自分と子供たちのために少しずつ頑張りましょう」と話したところ、A子さんは「これから1つずつ実行してみます。また報告させてくださいね」と明るく返してくれました。

西田 順子

FP Office株式会社

ファイナンシャルプランナー

(※写真はイメージです/PIXTA)